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【映画所感】 ミッドナイトスワン ※ネタバレなし
何だろう? 書かずにはいられない。というより、残しておかなければ後悔するという気持ちか…。
圧倒的な作品を見て、その時感じたものを忘れてしまう前に残しておきたい。そんな気にさせられた映画「ミッドナイトスワン」。
コロナ渦で軒並み映画館が閉まり、再開されてもなかなか新作が上映されなかったイレギュラーな年であったからかもしれないが、そんなことはどうでもいい。出会えたことの奇跡に素直に感謝したくなる作品だ。
あの鋭利なまでに尖った骨格でトランスジェンダーを演じきるとは、草彅剛恐るべし。キャスティングした側の英断にも賛辞を贈るしかない。
ドラマ「僕の生きる道」でストレートに泣かされた身からすれば、15年以上経った今、こんな変化球でマスクを濡らすとは思いもよらなかった。
かつての剛腕投手は、シーズンを重ねるごとに想像以上の技巧派に転身していたようだ。
ニューハーフ・パブのママさん役の田口トモロヲにも要注目。ナチュラル過ぎる演技に何度も頬が緩み、ただでさえ重くなりがちなテーマをいい塩梅にエンタメのフィールドに押しとどめてくれた。
ネグレクトの母親役、水川あさみのネイティブな酒焼け声も、ヤンキー気質にさらなる現実味を与えることに貢献していたし、タカラジェンヌの面目躍如といった真飛聖など、脇を固める俳優陣も申し分ない。
しかし、何といっても白眉なのは驚異の新人、服部樹咲。この役に抜擢されるために生まれてきたのかと疑うほど、主人公の桜田一果が憑依している。
バレエのシーンは、言わずもがな。自傷行為に走る際の鬼気迫る表情、凪沙が醸し出す母性をゆっくりと確実に受け入れていく姿、どれをとっても魅力的だ。
と、この調子で書き続けてもいいのだが、本当にこれが書きたかったことか? 何を忘れたくなかったのか、誰のことを記憶にとどめておきたかったのか?
そうだよ、カルーセル麻紀だよ。彼女だよ。出生名、平原徹男だよ。70年代後半から80年代、「11PM」はじめ関西深夜のお色気番組を彩ってくれた、あの姐さんだよ。
「ミッドナイトスワン」を観て、彼女の背負っていたものの大きさ、その道のパイオニアとしての矜持に思いを馳せずにはいられなかった。
1973年に性転換手術のためにモロッコに渡るなんて、到底考えられない。“決死の覚悟”という言葉が安っぽく聞こえるほど、危険な行為だ。
自分の性に対する再確認の旅は、激しい痛みを伴う茨の道だったろうと、「ミッドナイトスワン」を観終えた今なら容易に想像がつく。彼女の命を賭した経験が、性自認に悩む人たちにどれほどの勇気を与えたことか。
麻紀姐さんがテレビに出まくっていたころ、中学から高校にかけて多感な時期を送っていた童貞は、性転換手術の顛末を面白おかしく語ってくれたことに爆笑するだけで、性同一性障害のことなど頭の片隅にも無かった。
姐さんが、持ち前のサービス精神たっぷりのトークで、完成度の高い下ネタを披露してくれたことは、思春期の男たちの女性観に大いなる影響を及ぼしたと断言できる。もちろん良い意味で。
≪後書き≫
一昔前よりは、公に語られるようになったLGBTQ+。今現在、性別変更が認められて、戸籍上も平原麻紀となった姐さん。
これまで性的マイノリティの先頭に立って、弾除けになってくださっていたのですね。
昭和、平成、令和と時代は移り変わりましたが、姐さんたちが生きやすい世の中に少しでも近づけているのでしょうか?
少なくとも「ミッドナイトスワン」がロングランするくらいには、成熟したようです。
でも、これでLGBTQ+について、理解が進んだなどと思い上がることだけは避けねばなりません。
「ミッドナイトスワン」はただ、LGBTQ+について考えるきっかけを与えてくれる、最良の教材のひとつに過ぎないのですから。