第6章. メタ認知とメタ思考
今回は、普段『脳科学』や『神経科学』の分野であまり取り上げられていない、重要なテーマについてお話しましょう。
問題は、これまでお話してきた様な「脳のハードウェア」に関する問題では
なく、むしろ「脳のソフトウェア」に関する問題と言ってよいと思います。
そこでまずは、これから問題として取り上げるテーマを明確化するために、
「脳の機能」に関する概念モデル図をご説明しましょう。
■ 脳の構造
「脳の構造」と呼ぶ場合、通常の「脳科学」では脳の物理的な構造、または神経生理学的な構造に着目して、リアルな模式図で表現して説明する方法が
多く見られます。
しかし、この章で私達が問題として取り上げたいのは「脳のソフトウェア」
または「AIの機能設計」を行う立場で眺めたシステム構成図なのです。
まずは、下図を見て下さい。
【図6-1】
■ M・ミンスキーの『A脳とB脳』
マービン・ミンスキー(Marvin Minsky, 1927年 - 2016年)は、マサチューセッツ工科大学の人工知能研究所の創設者の1人で「人工知能の父」と呼ばれています。
また、シーモア・パパートと共にプログラミング言語LOGOを開発しました
その他にも、1951年、ミンスキーは世界初のランダム結線型ニューラルネッ
トワーク学習マシン SNARC を製作しています。
シーモア・パパートとの共著『パーセプトロン』では、ニューラルネットワ
ーク解析の基礎を築きましたが、今では歴史的な著作となりました。
一方で、フレーム理論の方は今でも広く使われています。
1970年代初期、MIT人工知能研究所でミンスキーとシーモア・パパートは、
「心の社会; The Society of Mind」理論の研究開発を始めました。
この理論の中心的なテーマの一つは、次の疑問に回答を与える事です。
「どの様にして、知能が知的でない部分の相互作用から生まれるのか?」
1986年には、一般大衆向けに書かれたこの理論の包括的な本『心の社会』を
出版しました。
2016年、脳出血のため88歳で死去しています。
【図6-2】
さて、ミンスキーは、この「心の社会」の中で、彼独特の『A脳とB脳』と
呼ぶ、脳の多階層モデルの概念を提示しています。
【図6-3】
上図において、『A脳』の入力と出力はリアルな世界に結びついており、何
がその世界で起こっているのか分かる様にします。
一方、『B脳』の入力と出力は、リアルな世界とは結びついておらず、替り
に『A脳』が『B脳』にとっての世界であるように結合します。
この様に『B脳』は「内省する脳」として、自分(=『A脳』)自身を認識
する事ができて、<自己意識を持っている>と言ってよいのです。
この様な構成によって、ミンスキーは、先の中心テーマに対する回答の手掛
かりを与えていたのです。
しかし、時代は彼のアイデアに追いついていませんでした!
「第3世代AIブーム」に生きる研究者には、彼のアイデアを実証してみる
使命が遺されたのだと、筆者はそう考えています。
■ 数学から超数学へ
この節では、数学の世界で起こった歴史の話題に移りましょう。
1931年、クルツ・ゲーデルはゲーデル数の概念を用いて、20世紀の数学基
礎論、論理学にとって最も重要な発見とされる「不完全性定理」を発表しま
した。
これは、ヒルベルトが数学の無矛盾性を証明するために推進した「ヒルベル
ト・プログラム」を受けて研究されたものですが、「数学は自己の無矛盾性
を証明できない」ことを示した不完全性定理は、ヒルベルト学派の主張した
有限の立場を忠実に用いて、手法としての超数学を具体化することで、その
プログラムが本質的に不可能であることを証明するものでした。
不完全性定理は、ジョン・フォン・ノイマンなどの当代一流の学者の激賞を
受け、「人間の理性の限界を示した」と評されています。
【図6-4】
ここで、数学的な証明を行う手法として、『超数学』が登場する訳ですが、
これは最終的に代数学に変換して証明する手法が用いられており、数学自身
の「不完全性」の証明を、数学の体系に還元して遂行したものです。
この様な証明のプロセスの事を『超数学(メタ数学)』と呼んでいます。
これ以降の論理学の世界では、直観主義論理や様相論理、時制論理、内包論
理、二階述語論理および高階述語論理等々、実に多様な論理体系が構成され
ています。
「古典的論理学」に内在していた、意味的な「真/偽」の概念は、論理構成
上の制約を受けた「値」として、再構成されていると言って良いのです。
この「論理」に対する理解については、後の章で再度取り上げてみたいと、
思います。
■ メタ概念と自己言及
さて前節までに、脳の機能面から見た構造と、数学ないしは論理学における
構造とについて考察しました。
ここでは、その間の関係性の特徴として「メタ概念」と「自己言及」につい
てお話してみたいと思います。
まずは、『対象』と『行為』について。
【図6-4】
通常、『対象』と『行為』とは、別々の概念です。
『対象』には『外界』の事物をあてはめて捉える事が多いのですが、一方で
『行為』とは『主体』の動作をあてて捉える事が多いです。
しかし、ここで『対象』としては『主体の行為自身』を対象とする事が可能
です。
この時に「自己言及」の構造を作る事となって、この「自己言及」構造の、
高次の側を『メタ』と呼ぶ慣わしになっています。
また、これが『A脳』と『B脳』の本質的な違いでもあります。
【図6-5】
思考する
内省する
近年、「脳の訓練法」が人材開発やスキルアップの分野で話題に取り上げら
れる事が多くなりました。
その特徴的な点は、「自分自身」を対象と捉えて分析、考察する事です。
『メタ理解』、『メタ認知』、『メタ思考』等々、「自分自身」の何を対象
とするかで、様々な『メタ』概念が取り上げられていますが、内容的な深み
と効果の観点から、次節以降では、『メタ認知』と『メタ思考』について、
検討してみましょう。
■ メタ認知とは
メタ認知(Metacognition)とは、「メタ(高次の)」という言葉が指すよ
うに、自己の認知のあり方に対して、それをさらに認知することです。
メタ認知は「客観的な自己」「もうひとりの自分」などと形容されるように、
現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、
自分自身の認知行動を把握することができる能力の事なのです。
メタ認知という概念の定義やその活動は分野によって様々ですが、心理療法
や認知カウンセリングをはじめ、ものごとや経験に対して正しい理解を行え
ているかなど、自分の認知行動を正しく知る上で必要な思考のありかたを指
すことが一般的です。
メタ認知能力を訓練すれば、自分自身を冷静に見られるようになります。
それにより、高い目標の設定やそれを達成する力、問題解決能力などを引き
上げることができると考えられます。
ビジネススキルとして非常に有効なため、近年人材育成の観点で注目を集め
ているのです。
「メタ認知」は、ジョン・H・フラベルというアメリカの心理学者が定義し
た概念で、もともとは認知心理学で使われていた用語でした。
1970年代から研究が進められていたのですが、つい最近まで一般的には知
られていませんでした。
最近になって、教育関係や人材育成、経営などの業界で重要な能力の一つと
して注目されるようになったのです。
メタ認知の概念の起源をさかのぼると、古代ギリシャの哲学者ソクラテスの
「無知の知」という有名な考え方に辿り着きます。
これは、自分が認知している内容を認知している、つまり、メタ認知ができ
ている事を表現する言葉である、と言えるでしょう。
■ メタ思考とは
ここまで読み進んで来た読者の皆さまには、もう『メタ』の意味する対象が
理解できていると思います。
そこで、この節ではまず『メタ思考』の定義から入るのですが、巷にあふれ
る『メタ思考トレーニング』などの書籍を読んでみると、
「メタ思考とは自分が考えているよりも1つ上のレベルで考えることです」
「視座を上げて新たな気づきを得る思考法です」
などの様に、「メタ=1つ上のレベルで、視座を上げて」が強調されて定義
されている様です。
これだけを読んでいると「対象を1段階抽象化して。考える」事のように、
勘違いしてしまうのですが、『メタ思考』とは『「問題について考えている
自分自身」の考え方について、考えてみる』事になるはずです。
混同しない様に、図示しておきましょう。
図6-6
結局、問題解決の際の思考法、アプローチ法、発想法の事なのです。
この様に考えてみると『メタ思考』の思考法のパターンは、沢山あります。
思いつく限り列挙してみると、
① 感情的思考法
② 直観的思考法
③ 宗教的思考法
④ 弁証法
⑤ 経験的思考法
⑥ 論理的、理論的思考法
⑦ 抽象化/具体化法
⑧ アナロジー(類推)
⑨ パターン思考
⑩ 段階型思考
⑪ 並列思考
⑫ 構造型思考法
⑬ 機能型思考法
⑭ データ中心型思考法
⑮ オブジェクト指向型思考法
⑯ シミュレーション型思考
etc.
この辺で止めにしておきますが、結局は、人間が「自由な思考」をする限り
思考法にも限りは無いのだと思います。
しかし、日常の思考では限りがあります。
解がある、またはゴールが設定されているのです。
情報処理用語的に云うと、「終了条件」が設定されています。
しかし「思考について、思考する」の様に自己言及的な構造の『メタ思考』
について考える際には、注意が必要だと思います。
さて、各思考法の詳細については『AI時代の錬金術(実践編)』で書く事
にして、ここでは日常のビジネスシーンでも役立ちそうな、いくつかの話題
に限定してお話ししておきましょう。
まずは、「目的を明確にする発想法」について
先にも書きましたが、通常「思考する」場においては、何らかの「課題」が
存在しています。
これは「課題」ですが十分に内容が明確であれば「ゴール」でもあります。
明確な「課題設定」状況であれば、「目的」は、「課題」から「ゴール」を導く事で有りましょう。
「課題」⇒「ゴール」
「課題」の中で、「ゴール」が十分明確に定義されていれば、後は「目的」
を達成する「手段」を「思考する」問題に帰着します。
「手段」⇒「目的」
一般的に「ゴール」は、未だ起こっていない「未来」の内に在るのですが、
「課題」の種類によっては、「過去」に起こった出来事を追求して「原因」
を問うものも考えられます。
「原因」⇒「結果」
一般に、日常のビジネスシーンでは、このような「因果関係」を基礎にした
発想法を用いて、問題解決を図る事が大多数です。
この場合「目的を明確にする発想法」が最も効率的な方法なのです。
しかし、ここで注意して頂きたい点は「過去の成功体験」です。
「過去」⇒「現在」⇒「未来」
という、時間の流れの中で、時代の環境は変化しています。
「過去の成功体験」は、「未来の失敗のリスク」でもあるのです。
『メタ思考』とは、この様に「思考を柔軟に保つ」事にこそ、本質があるの
です。
次に『メタ思考トレーニング』などの教材として、よく用いられる、
「アナロジー(類推)」についても書いておきましょう。
実は、筆者のように、幾多の業界を横断的にコンサルタントして回る、IT
コンサルタントやエンジニアの発想力の源泉は、この「アナロジー:類推」
にあるのかもしれません。
筆者は、小学生の時の理科の時間に、太陽系の惑星群の周回軌道を習った後
5年生の時にアマチュア無線の資格を取ろうと考えて、電磁気学の基礎的な
勉強を始めました。
そのテキストで、原子核の周りを電子が周回軌道をとる様子の図を見ていて
「同じだ!」
と感じた事を覚えています。
筆者のその時の考えでは、マクロの世界でもミクロの世界でも、構造は同じ
なのだから、同じ法則性が成り立つに違いない。
と考えて、物理の世界の法則性の美しさに興味をもったのですが、結果的にそれは誤っていた訳です!
重力場の世界と電磁場の世界と、その双方を統一的に説明する統一場理論は
アインシュタインの一般相対性理論を持ってしても、簡単には説明できなか
った訳ですから、小学5年生の時の筆者は誤っていた訳です。
しかし、この話は「アナロジー(類推)」の説明には好例だと思います。
重力場の世界と電磁場の世界とで「共通」しているのは、物体間で働く引力
ですから、この「目に見えない引力」の存在が、同じ様に見える周回軌道の
原因を生じさせている訳です。
※『物体間で働く引力=物体間で働く場の力』でも、ここでは同じ事です。
筆者がここで言いたい事は、次の2点です。
① 「アナロジー(類推)」は2つの事象の「共通点」に着目して、事象を
抽象化して、問題の本質を考える思考法。
「気づき」を得るには、効果的な発想法。
② しかし、往々にして間違えるので、再度「具体化」した際によく検証す
べし。
もっと色々と、ビジネス現場での経験が沢山あるので、これについては、
『AI時代の錬金術(実践編)』を是非読んで下さいネ!
■ ツールとしての脳
『メタ認知』や『メタ思考』を体得すると、今度は「自分自身を操作するツ
ール」として、脳を考えてみる事ができます。
もっとも、「自分自身を操作する」事は「意思」を持つ人間ならば簡単な事
の様にも思われます。
しかし、人間はなかなか思い通りには自分自身をコントロールできない事は、多くの人が感じているとおりだと思います。
皆さんは、試験の前などに「問題集のXX頁まで解いてみる」などの目標設定
をして、徹夜になって苦しんだ経験はありませんか?
この様な苦しみを何度も経験すると、だんだんとあまり無理な目標設定は止
めて「計画的に実行する」事を覚えます。
そして「慣れ」てくると、今度は「手抜き」や「質を落とす」事も覚えます。
筆者の場合、最後に覚えたテクニックは「好きになる」事と「習慣にする」
事でした。
人間は、「快感を利用する」事で、自分自身をコントロールする事が容易に
なるのです。
そして、人間は「習慣にする」事で比較的容易に「快感を得る」事ができる
事が分かりました。
そこで、次の節では、この「快感と脳」の関係性ついて考えてみましょう。
■ 快感と脳
さて、前節でふれた「習慣」は『A脳』で行われている行為です。
それは、無意識の世界で行われる故に『A脳』の行為なのです。
一方で、「意思」は明確に意識して行われる行為です。
故にそれは『B脳』で行われる行為なのです。
この事から察するに、喜怒哀楽などの『情動』は最初『A脳』を起点にして
発動すると想像されます。
「快楽」も、最初は『A脳』を起点として発動されるのです。
今日では「快感」の実体はドーパミンと呼ぶ物質であると推定されています
ドーパミンを放出する、ドーパミン・ニューロンの刺激を「習慣」化する事
が、自分自身をコントロールする事の近道であると言えます。
逆に、ゲームなどによってドーパミン・ニューロンの刺激を「習慣」化する
事は、麻薬に寄るのと同様に危険な行為である事も予測されます。
『A脳』を起点にして発動する『情動』であっても、『B脳』ではそれを、
自覚することができます。
この時、『A脳』⇔『B脳』の相互でフィードバック・ループを生じ、ます
ます喜怒哀楽の『情動』の働きを強化すると考えられます。
この様に自覚された感情こそが「より深い体験」を与える事になり、その様
な外界の対象に感動するのです。
この様に現在の進歩した「脳科学」から考えてみても、ギリシア時代の哲学
者達は、実に賢明かつ洞察力に富んでいた事が分かります。
エピクロスは、最も有名な古代ギリシア時代の快楽主義者です。
エピクロスは哲学的思索の内にこそ、最高の快楽が含まれると考えました。
そして、身体の健康や精神の平静を奨励した、と言われています。
現代的な功利主義も、倫理的には利己主義の一種という意味で、快楽主義の
系譜に分類されています。
この様に、「自分自身を操作する」事を体得した人間は、何でも自由自在に
できる様になる気がするのですが、実はそれは甘い考えです。
「自分自身の操作」が自由自在にできても、「他人の操作」は自由自在には
なりません。
また「他人の操作」以外にも、環境の操作、金銭の操作、世論の操作等々、
一般に「自分自身以外の対象の操作」のために、人間は苦しむのです。
結局、これらの「自分自身以外の対象の操作」のために、人間は知能を働か
せている事が分かります。
また「自分の感情の操作」のためにも、知性は役に立っています。
次の節では最後に「自分自身以外の対象の操作」を可能にする「自分の感情
の操作」として、『思いやり』と『共感』の仕組み、そしてそれを通して、
人間と人間社会との可能性について考察してみましょう。
■ 知性と感性と無意識
まず、私達人間が「意志」を持つ、ところからお話を始めましょう。
「意志」は、意識的な行動なので『B脳』の機能であると推定されます。
意識的な行動としては、他に「知性を操作する脳」、「感性を操作する脳」
などが考えられます。
一方、無意識的な行動としては、知性や感性だけでなく、「自律神経を操作
する脳」、そして「思いやりや、共感を操作する脳」も考えられています。
実はこの「思いやりや共感を感じ取る仕組み」の解明が進んでいるのです。
前章でも書いた、「ミラーニューロン」の発見によって、『ミラーニューロ
ンシステム』の研究開発の分野では、「ミラーニューロン」の機能として、
① 他者の意図の理解
② 共感
③ 言語
などが知られていて、いずれも「他者の模倣と理解」に深く関与している事
が推察されます。
筆者は、これらの『ミラーニューロンシステム』が、人間の持つ社会性や、
『真・善・美』などの価値判断、さらにはもっと一般的に『価値観の認識』
に大きく関与する部位として、今後の研究の進展に注目しています。
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