解き放たれる悠久のビーチ
ハワイ島東部、海岸沿いの道路をレンタカーで走っていると、路肩に停めたクルマの前で男性3人が手を振っている。助けを求めているようだ。彼らの前で停車すると、年代物のクルマのバッテリーが上がっており、チャージさせてほしいという。急ぐ旅ではないので引き受けた。毎度のことなのだろう。彼らは手早く作業を終えた。そして礼を言いながらも声をかけてくる。
「この先のブラックサンドビーチに行って、ドラムサークルに参加するんだけど、一緒に行かないか?」
ブラックサンドビーチもドラムサークルも未経験だ。同行することにした。
その名の通り、真っ黒な砂浜。かつて火山が噴火し溶岩が海岸近くにまで降りてきた。さらに高温の溶岩は流れ、低温の海水と混ざり合い、その衝撃で砕け散った。長い歳月を経てさらさらの黒い砂になった。たしかに美しい。日本でこのような風景は見たことがない。
人々の格好も日本ではあまり見かけない。3割程度の人が全裸なのである。ありのままの姿で、ありのままの自然に向き合う。身体を覆うものや拘束するものは何もない。全身が解放される。自分には、そうする度胸はないけれども、わかるような気がする。
いろいろな打楽器を持ち寄って演奏するセッションがドラムサークルだ。打楽器は叩いて音が出るものであれば、何でも構わない。ドラムだけでなく、カスタネット、トライアングルでもオーケーで、空き缶やペットボトルでも加わることができる。即興のセッションで、開始時刻や演目は決まっておらず、その場の雰囲気で動き出すという。
ビーチに到着してから十五分ほど過ぎた。さまざまな打楽器を手にした人たちが距離を縮め、視線を送り合っている。ときが来たらしい。誰かが大きなドラムを手でドンと鳴らす。低い音が響き渡り、わずかに間を明けて高音のドラムがリズムを刻んでいく。すると追いかけるように次々と音が加わっていく。木をたたく音、金属音、石と石がぶつかる音。空気を震えさせる力のある音、切り裂くような鋭い音。大きさや速度もさまざまだ。ハーモニーとして聞こえる部分もあれば、あえてリズムを壊すような試みもある。ドンドンドン、キンキンキン、トトントントン、ガーンガーン。渦巻きのようだ。
海からは静かな波音が打ち寄せてくる。静かであるけれども、無数の音だ。悠久な空間にいるような感覚になる。そのなかで思いきり何かを叩いて音を出す。自由に解き放たれている。
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