【3分小説】配偶者居住権と狼の陰謀
3匹の子豚って話を知ってるかい?
藁の家や木の家に住んでいた豚が狼に食べられて、レンガの家を作った豚が生き残った話あったでしょ?
そのレンガの家を作ったのが僕だ。
あの悲しい事件のせいで、二人の兄を失った。僕の家族は僕と父と母の3匹だけになった。
物語は僕が狼を撃退して終わっているんだけど、現実ではまだ続きがある。
あの狼は今でも家まで僕を食べにくるんだ。いろんな変装をしてやってくる。この前は税理士のフリして僕の家にやってきたよ。
「配偶者居住権って知ってますか?」
「活用した方がいいですよ」
「配偶者居住権の権利者が亡くなったら課税されないんですから」
こうやって税理士っぽいことをドアの向こう側で言ってくるんだ。
もちろんドアを開けたりはしないよ。
一通り話し終えると狼は諦めて帰っていく。
困ったもんだ。狼はどんどん巧妙な手を使ってくるようになっている。
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ついに、父も狼に襲われて死んだ。自宅のドアを開けて狼に襲われたらしい。
この村では友人が来てもドアは開けない。狼が変装している可能性があるから。父がドアを開けてしまったのは信じられないことだった。よほど信頼できる人に変装していたのだろう。
葬式が終わって数日後、僕は実家に行った。母と父の遺言を確認するためだ。父が遺言を残していたのは非常に意外だった。誰か専門家が助言したとしか思えない。
「妻には自宅に住む権利と現金を相続させる。三男には、自宅を相続させる。」
自宅に住む権利とは、狼が言っていた配偶者居住権のことだろう。実家に住む権利は母が相続するが、実家は僕の持ち物になるらしい。
「狼がまた来るかもしれない。一人暮らしなんて怖いわ。あなたの家で一緒に住みましょうよ。」
母は事件があったとき家にいなかったので助かった。
事件があった実家に住むのは嫌らしい。
「うちは狭いから一緒に住むことができないよ。」
僕は断った。僕のレンガの家は二人暮しには狭すぎる。
「父さんの意思だからしょうがないよ。母さんは実家に一人で住んでくれよ。」
僕は実家に帰ることも拒んだ。一人暮らしのほうが楽でいい。
「少し考えるわ…」
母さんは納得のいかない顔をしている。
ピンポーン。実家のベルが鳴った。
母は玄関まで対応しに行った。
誰か知り合いが来たようだ。扉越しに話している声をがする。
10分ほどして母が戻ってきた。
「随分と長かったね、誰だったの?」
「ちょっとした知り合いよ。税理士さんなの。」
タイミングよく税理士が来たもんだ。
「お父さんの遺言通りに相続するわ。」
不意に母が言い出した。
「なんで気が変わったの?」
僕は率直に疑問を口に出した。
「遺言通りに相続したほうがいいって、さっき税理士さんにアドバイスされたから。」
そう言うと母はキッチンに引っ込んでしまった。
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相続に関する手続きは全て終わり、母に渡す書類があったので実家に向かった。
実家に着くと扉が少し開いていることに気がついた。
「かあさーん」
僕は扉の隙間から家の中に向かって呼びかけた。
返事はない。
とりあえず家に入り、リビングへ向かった。
リビングに行くと机の上に置き手紙があった。手紙を手にとり読んだ。
「三男へ。税理士さんに相談して決めたわ。配偶者居住権は放棄することにする。わたしは別の場所にお家を建てて住むわ。さようなら。」
突然のことで何がなんだかわからなかった。
とりあえず家を出て、あたりを見回した。
当然、母親の姿は見当たらない。
でも、山の向こう側に藁でできた家が建っているのを見つけた。
「まさかあの家じゃ…」
少し前まであんなところに家はなかったはずだ。
僕は呆然と藁の家を見つめていた。
すると狼が藁の家に近づいていく様子が目に飛び込んできた。