【3分小説】イートインとボロボロの斧
またあの常連さんが来た。
いつも店に入ってくるとすぐに、イートインコーナーに向かう。
荷物を置いて席取りするんだ。
荷物といっても「ボロボロの斧」だけどね。
ボロボロの斧は、場所取りには最適の代物だ。昔話にでてくるような金の斧や銀の斧と違って、誰も盗もうと思わないからね。
斧を置いた常連さんは、イートインコーナーに貼ってある「ウユニ塩湖のポスター」を見ながら機嫌良さそうに歌を歌っている。
「ヘイヘイホー」
だってさ。
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「よぉ、サク。仕事の調子はどうだい?」
同業者のサブローが話しかけてきた。
「ボチボチだよ。」
「そうか。そろそろ俺の様にチェーンソーで木を切った方がいいんじゃないか?儲かるぜ。」
サブローが鬱陶しい笑顔を向けながら喋りかけてくる。余計なお世話だ、そう言いかけたときに
「レジでクジ引いたかい?」
サブローは言った。
「なんのことだ?」
「レジでイートインって答えるとクジをくれるんだよ。俺はクジで缶コーヒーが当たったぜ。」
「ほんとか。俺はテイクアウトって言ったからもらえなかったよ。」
「お前悪い奴だなぁ。わずかな消費税をケチって、人に後ろ指を指されるようなことするなよ。」
「うるせえなぁ。……クジって他には何が当たるんだ?」
サクはバツが悪くなって話題を変えた。
「一等賞は、ウユニ塩湖に行けるツアーらしいぞ」
サブローはウユニ塩湖が写ったポスターに目線を送りながら言った。
「へぇ、海外にはこんな綺麗なところあるんだ。一生に一度は行ってみたいなぁ。」
「あぁそうだな」
サクとサブローはポスターを見ながらしみじみと言った。
「ちょっと、店員さんに差額払ってクジを引いてくる。」
サクは足早にレジに行った。店員にイートインに変更すると申し出た。
「申し訳ありません。買った時にイートインと言わないとダメなんです。」
店員は、呆れ顔をしながら言った。
「でも、俺は消費税を誤魔化したんだぜ。」
「いいんです。レジでテイクアウトと言って、その後イートインスペースで食べても問題はありません。」
サクは「わかったよ」と引き下がった。 サブローを横目にとぼとぼと荷物を回収してコンビニから出て行った。
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翌日もサクはコンビニへ行った。
「消費税8%のテイクアウトにしますか?それとも消費税10%のイートインにしま……」
「イートインで。」
サクは店員が質問を終える前に答えた。
「ありがとうございます。イートインのお客様はクジをどうぞ。」
店員はクジが入った箱を差し出した。
サクは意気揚々とクジを引いた。なんと一等だった。
「おめでとうございます。ウユニ塩湖ツアーが当たりました。」
店員はハンドベルを鳴らしながら声を張り上げて言った。
サクは思わぬ幸運に身を震わせつつ、こう思った。
「しょうもない嘘なんかつかずに、正しい行いをすればいいこともあるもんだぜ。」
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ついにウユニ塩湖ツアーの日が来た。
サクは初めての海外で不安だった。念のため、身を守る道具としてボロボロの斧を持ってきていた。
日本から約40時間かけて、やっとウユニ塩湖に着いた。
この世のものとは思えない絶景が目の前に広がっていた。空に雲1つなく、いわゆる鏡張りの天空の光景が目の前に広がっている。
サクは興奮して思わず叫んだ。
「ヘイヘイホー」
その瞬間、ベルトにつけていた斧を湖に落としてしまった。
「あっ…」
斧は湖の深くに沈んでいった。
「ボロボロだったし、また買えばいいか。」サクはさほど落胆はしていなかった。気持ちを切り替えて、ウユニ塩湖の絶景を楽しむことにした。
すると突然、湖から何かが現れた。
3つの斧を持った女神だ。
サクが呆気に取られていると、女神が口を開いた。
「あなたが落とした斧は、この金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?はたまたボロボロの斧ですか?」
女神は、透き通るような声でサクに優しく話しかけてきた。
サクは状況を飲み込めなかったが、自然と口から言葉が出てきた。
「ボロボロの斧です。」
正直者になったサクの答えは、ウユニ塩湖の景色のように清々しいものだった。
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