地の底に蠢くもの
しくじった。奴は俺の利き腕を食い千切った。引き換えに引導を渡してやれたが。
アドレナリンが全身を駆け巡っている今でさえ、白熱するような痛みを感じる。
ぎこちなく片手で、腕を縛り流血を抑え、ついでに懐中電灯も括り付けておいた。
俺はポーチからスコッチを取り出し、最初は傷口にかけようとしたが思い直し、ラッパ飲みした。
今更、消毒が何になる?
胃の腑にアルコールが着水し、広がっていくのを感じると、やっと人心地ついた。
目の前に倒れ伏した獣は、締まりのないゴムのような皮膚に乱雑な剛毛が生え、後ろ足が蹄の二足歩行の野犬と言ったところか。
時間があれば腹を掻っ捌いて銃を回収したいところだが、そう遠くない所から唸り声が聞こえてくる。
俺は左手にナイフを握りしめ、よろよろと動き出した。
逃がした娘は流石にもう洞窟を出ているだろう。
最低限の依頼だけは何とか果たした形になる。
唸り声が近づいてきた。恐らく奴らはこちらの姿が見えるか、少なくとも臭いを嗅ぎつけてくるのだろう。
懐中電灯が照らす範囲は心もとない。正直、躓かずに歩けているだけでも上出来だ。
ジェームズ、ここから出たら覚悟しておけ。
短い逃走の後、やがて、奴らの息遣いまで聞こえてくるようになった。
俺は振り向き、ナイフを構えた。
懐中電灯に照らされた奴らの顔は、最初の獣よりはまだ、人間の面影を残していて――
「この写真の男を見た覚えは無いか」
色褪せた写真に写っているのは、無骨な髭面の男だった。
「ああ?知らん知らん、知ってたとしても言う義理はないがね」
老人は煩わしげに首を振り、声に不快感を込めて話を打ち切ろうとした。
「そうか、なら思い出せ」
BLAM!
「グワッ!?」
机に置かれていた掌に風穴が空く。
「小口径の銃にもいい所はある。数発撃ち込んでも簡単に死にはしない。……さて、アタシの別れた亭主はどこに行った?」
女は忌々しげに言葉を吐き捨てた。
(続く)
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