熱波師戦争、あるいはアウフグトゥスの乱
《熱波到来》以前のファランクスの歩兵が見れば、それは自分達に対する侮辱と受け取ったに違いない。
厚手の布を手に提げた薄着の男達の一団が、密集陣形を取りながら一糸乱れぬ行進を続けている。逞しい彼らの肉体は数百度の外気に晒され赤銅色に輝き、身に纏った短衣には「熱波魂」「豪風招来」「サンタナ」と極太の書体で認められている。
「下がれ!熱の民が無許可でエア・スクリーンへ接近することは誓約で禁じられている」
耐熱服に身を包んだ冷の民の警備兵が門の前で警戒態勢を取る。だが、男達は止まらず、力強く火浣布のバスタオルを握りしめている。
「撃つぞ!」
「扇げ、扇げ」「扇ぐぞ、扇ぐぞ」
熱波師達の振り下ろしたバスタオルは、大気の灼熱を載せた烈風を起こし、警備兵達の耐熱服を溶解させた。遅れて発射された銃弾も豪風の前に威力を減衰し、地面へ落ちた。たまらず警備兵は風の幕の裏側へと後退する。
「大丈夫だ、エア・スクリーンは一度たりとも破れたことはない」
次の瞬間、熱波師達がさっと二手に分かれると、その間を金輪を頭に締めた大男が悠然と闊歩する。熱を大量に吸収した金輪は男の頭を焦がし続けているが、男は全く意に介さない。男の短衣には「熱波王」の三文字。
男は側近から分厚いバスタオルを一枚、いや、二枚受け取り、ゆっくりと回し始めた。それは他の熱波師の手法とは一線を画していた。まるで大気の熱を撹拌し、寄せ集め、凝縮するかのような……そして、誰の目にもしっかと見えてきた。指向性を持った熱の塊が一つの形を取る。それは、壁を破るにふさわしい姿、巨大なる金砕棒であった。
「粉塞」
男は両手のバスタオルを同時に翻した。その瞬間、熱棒が風の幕に激突し、耳をつんざく蒸発音と暴風が荒れ狂い――風は止んだ。
一瞬の静寂の後、熱波師達が鬨の声を上げ、白樺香る冷の地を土足で蹂躙した。
2年後。冷の民の青年がタオルを回している。(続く)