インドと波乗り #島の話
島へ行く
島へ行こうと思ったのは、「山の中育ちで海がみたくなったから」ということにしていたけど、特に理由はなかった。
何者かにならなければいけない年頃なのに、特にやりたいことも得意なこともない。だからとりあえず何かを決定しなきゃいけない現実から逃げた。ただそれだけ。
都内に友だちとルームシェアしていたアパートがあったのに、家賃を払いながら島へ渡った。ホテルでのリゾートバイトを決めたものの働き始めるのは億劫で、到着が遅くなるようのんびり船で行った。
島はいつも強い風がびゅうびゅうと吹いていて、海は紺色。想像していたトロピカルな感じと違っているのを詐欺だと思い、帰りたい帰りたいと言いながら島にいた。島にはそんな人間がけっこういた。
ミナモさん
島にきて最初に仲良くなったのは、私より少し先に来ていたミナモさんだった。ミナモさんは40代前半、肩につくかつかないかの黒髪に澄んだ大きな目をしていた。住み込みで働いてお金を貯めてはインドへ行き、お金がなくなるとまた日本に戻ってくるという暮らしをしていたミナモさんは、接客業に慣れていてとても頼りになった。
私が人生初の一目惚れをした彼との恋に悩んでいた時には、「とっととやっちゃいなさい」と上品な声で下品なハッパをかけ、「私は全然いい男だと思わないけど、とことん付き合った方がいいよ、もう本当に無理ってなるまで。そうじゃないと次のステージにはいけないからねー」というインド仕込みのアドバイスをくれた。「想念は全てを動かす」が人生のテーマだった。
ミナモさんとは毎晩のように島焼酎を飲んで哲学のような話をし、お香の炊かれた部屋で昼間からヨガをやった。ミナモさんの話はどこまで本当なのかわからないことが多かったけど、そんなことは気にならない。「一緒にインドに行こうよ、ヨモギはきっとハマると思うよ」と何度も言ってくれた。
ミナモさんの考え方や生活スタイルは自由で身軽で常識や倫理を無視したものが多く、絶賛現実逃避中の私には心惹かれるものだった。もし一緒にインドに行っていたら今頃ミナモさんと同じような人生を歩んでいたかもしれない。それが幸せかどうかはわからないけど。
マツリ登場
私の少し後に入ってきたのがマツリだった。マツリは私より4、5歳年上で、背が高く日に焼けていていつも豪快に笑っていた。都会育ちで社交的、臆することなく誰にでも話しかけていく。頑固で嫌われ者の島のパートのカズコさんにも、どんなに悪態をつかれても構わず話しかけ、かまい続けた。
「カズコちゃん今日の口紅かわいーじゃん」
「うるさいわねーかわいくなんかないわよー」「ガハハハハ」
いつの間にかいじられ役に昇格したカズコちゃんはパートバイト仲間に溶け込んでいった。マツリにはそんなパワーがあった。
そんなパワフルなマツリだけど、付き合っていくと彼女の隠している繊細さがみえ、実は誰よりも常識的なこともわかっていった。常識を知らない私は時にマツリに叱られたりした。
マツリはボディボードが目的で島に来ていたので、中古の車を手に入れ、早朝や仕事の休憩時間に海に行き潮まみれになって帰ってきた。
いつもフラットで優しいミナモさんと元気なマツリ、二人の誰でもウェルカムな姿勢がバイト仲間やパートのおばちゃん達との交友を広げていった。
島の話2
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