ユメグラワンドロ企画-お題:天才-

たったった…

「え…えっと…こ、この通りを右に曲がる…」

人気のない路地を一人の男が歩いている。
年齢は30手前あたりだろうか。


「…こ、この看板を目印にを曲がって、つきあたり手前の道へ入る…」

暗く入り組んだ迷路のような道を、男は迷うことなく進んでいく。


「つ、着いた…。」

男が足を止めたのは古い集合住宅だった。
周囲は雑草が伸び放題で、外壁にはツタが絡まり、
ポストには古い日付の新聞紙が乱雑に押し込まれ、その上にはホコリが薄く積もっている。

「あ、相変わらずだな…」

男はボソボソとつぶやきつつ、迷うことなく目的の場所へと向かう。


ガチャ…


男がドアを開けた先は、8畳ワンルーム程の部屋。

薄暗い室内には古びたラックが所狭しと並び、その上にはラベルが張られたおびただしい数の小瓶が置かれている。

「おやおやいらっしゃいませ田中様。お待ちしておりましたよ。」

部屋の奥から声がかかり、田中と呼ばれた男は声の主の所へ向かう。


「久しぶりですねぇ、お元気そうでなによりです。お会いするのはいつぶりでしょうか。」

「さ、3年と25日。我ながらよく覚えているって感心するよ。」

部屋の主は、いかにも胡散臭い雰囲気の漂う老婆だった。
老婆は揉み手をしながら男の様子を一瞥した。
そして見た目とは裏腹に、はつらつとした声で喋りかける。


「そうですかそうですか、以前お渡しした商品はいかがでした?
 …いえいえお答えいただかなくても結構。こうやってまたお店に来られたということは、ご満足頂けたということに他ならないのですから。」

「あ、相変わらずこちらのことはお見通しか。…今度は別のが欲しい。」

男の答えに、老婆は満面の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます。ご要望は?」

「そ、そろそろ結婚したいと考えているんだ。でもなかなかうまくいかなくて…」

自信なさげに話す男を見て、老婆は大きくうなずく。
そして男に一つの小瓶を差し出した。
小瓶には淡い琥珀色の液体が満たされている。

「こちらはいかがでしょう。『異性に対する魅力的なふるまい』です。
 これで田中様の悩みはたちまち解決することでしょう。」

その老婆の言葉に男は小さく頷いた。
小瓶を受け取り、その中身を躊躇うことなく飲み干す。

「…っ。あ、相変わらず酷い味だ。」

「それは仕方がありません。良薬口に苦し。と相場は決まっているのですから。」

男の様子をみてクスクスと笑う老婆。
男は財布を取り出しつつ老婆に問いかけた。

「それで代金は?」

「いえいえ結構です。田中様にはお世話になっておりますので。
 田中様がその才を遺憾なく発揮して、今後ご活躍されることこそが一番の報酬でございます。」

「…なんだか申し訳ないな。それならお言葉に甘えさせていただくよ。ありがとう!」

帰り支度をはじめる男に老婆は小さな紙を手渡した。

「これは?」

「この場所までの地図でございます。かなり複雑ですからねぇ…道に迷われてはいけませんので。」

地図を受け取った男は老婆に礼を言いつつ部屋を後にした。

男が部屋を出ると、丁度ほかの客が部屋へやってきたところだった。
男はその客に会釈し、受け取った地図を読みながら帰路につく。


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「おやおやご新規さまですね。ようこそお越しくださいました。
ここでは人間の才能を扱っております。
先日、ちょうど良い品が入ったんですよ。
『恐るべき記憶力』というものでして―。」


~終わり~

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