【空想随筆】我が名はシーラカンス。
我が名はシーラカンス。億を超える年月を経ても、なお種を残し続ける深海魚である。
本日は気分がいい。故に、貴様たちに我が如何に生き延びたかを教えてやろうではないか。
我が億を超える年月を過ごした秘訣は、二つある。
一つは、技術の秘匿だ。貴様たちは、我の技術が喉から手が出るほど欲しいに違いない。ならば、我を見て盗むがよい。未だかつて盗めた者など一人もおらんが、挑戦してみるがよい。
こうして、我は誰からも技術を盗まれる事なく、我の地位を脅かす者もついには現れなかったのだ。
だから、我は絶滅することはなかった。
もう一つは、一つの場所に留まり続ける事だ。我は、幾度となく新天地を求めて旅立つものを見てきた。我からの叱咤激励に耳を傾けぬ者、輝ける場所が他にあるとのたまう者、多くの者がここから出て行った。
しかし、その結果はどうだろうか?
我は忠告したはずだ。ここで上手くやれなければ、他に行っても上手くいくはずがないと。
そして、皆、我の言う通りになったのだ。その証拠に、この場から逃げ出した者は誰一人として、我に報告をよこすことが無い。つまり、他の場でも上手くいかず、我に顔を合わせられないのだろう。
愚鈍な貴様たちにも、もう分かったのではないか?
この場に居続ける事こそが正義。それ以外は、失敗の源なのだと。
さらに言えば、誰からも奪われぬ地位と場所。それこそが、長く種を残し続ける秘訣なのだと。
しかし、あろうことか、遠くから声が聞こえるのだ。老害だの、生きた化石だのと。
何も分かってはおらぬ。何も分かっておらぬのだ。我がどれほど苦労して、この地位を手に入れたかを。
我の若い頃は、――(中略)――、という事なのだ。
故に、我は今でも現役だ。誰にも、この地位を明け渡すことはせぬ。
次に、我の野望についてを語ろうではないか。
我は光を見てみたい。深海には届かぬ太陽という名の光を。我も限界まで上昇すれば幾分かは見えなくも無い。しかし、我の望みはそのような所ではないのだ。
聞けば、トビウオという若者は水から飛び出し、光を浴びるという。また、マグロという若者は遥か遠い海まで泳いで渡るというではないか。
我に無くて、若造たちに有るモノ。そのようなモノは存在しないにもかかわらずだ。
しかし、彼らも気付くことになるだろう。我が尊い存在であることを。
そして、いずれ我を求めて戻ってくるだろう。我以外に誰もいないこの聖域に。
未来永劫、我は待ち続ける。孤独と共に生き続けるながら。