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『これって音故知新じゃない?』


なんの音だろう?

耳にひびく音が、頭の中の後ろほうに心地よく残る。
でも少し重い、そして強い音。
あまり聞き慣れない。

部屋の外から聞こえているなにか。
うっすらと、眠りからの目覚めを感じつつ、耳を澄ましてみる。

布?
洗濯物?
だけど音に厚みもあるから、大きなもの?
布団カバーやシーツにないような重なりを感じる。

あぁそうだ。
去年もそうだった。
こんな風に聞こえてた。
たぶんそう、五月の始まり。
鯉のぼりが風を鳴らしてる。

あまり聞かない音だから不安に思う。
知らない音は、心地よく聴こえても少し怖い。

いまわたしを取り巻く音の数々は、以前よりも増したものになっている。
光はぼんやりと瞼を通すものになっていて、気にも止めていなかったのに、唯一見えているとすればそれらだけ。

感覚は鈍くしていられず、そこに在る様々は、今まで以上に"みる"を与えてくれる。

いま隣部屋の扉が開いた。
足音はいつもの足取りで、わたしのいる部屋へと大きくなる。

これは聞き慣れた音。
これから「おはよう」と声をかけてくれる、安心する音。

笑顔でいるのがわかる声で、空気の穏やかを伝えてくれる。
失って得たこの"頭の中の視力"は、今まで以上にものを教えてくれる。

初めはなんだって不安だから、扉を開けるのも怖かったけれど、それでも私は生きているから、自分からおはようって言おうと思った。

とりあえずの生活でさえ、なにが必要なのかわからなかったけれど、聞こえてくるあらゆることが記憶として甦るのだから、これからはもっと丁寧に慎重に暮らしていけばいいだけだと思う。

「それはとても充実した人生だと言えるでしょう?」

そう笑って過ごす毎日がとても誇らしい。

わたしはただ目が見えなくなっただけ。
だけどみえる数は他の人と変わらない。

今年の五月も相変わらずの良い季節だし、だからこうやってこれからだって、良い季節だとわたしは言える。



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