【短編小説風】僕らの指輪物語
「いけると思ったんだよな…」
ジョッキを置いた蒼介は、そう言ってため息をついた。
今日だけでもう13回目。
"ため息をつくと幸せが逃げる"というのが本当なら、彼の家系は三代先ぐらいまで不幸に見舞われそうだ。
「ため息ばっかつくなよ。こっちまで辛くなる」
僕の隣の席で竜也が呟く。
21歳とは思えない顔立ちが、居酒屋の暗めの照明で更に大人っぽく見えた。
竜也の言葉を聞いて、蒼介の眉が釣り上がる。
「おめえはフった側だろ!俺と同じような顔してんじゃねえ!」
気持ちはわかるけど、言い過ぎだ。
「やめろよ、蒼介。たっちゃんも辛いんだよ」
僕の言葉を聞き、蒼介はすぐ我に返った。
「…ごめん」
バカですぐ熱くなるけど、根はいい奴だ。
蒼介の謝罪を聞いて、竜也が寂しそうに笑った。
「いいよ。お前の言う通りでもあるし」
その顔を見て、僕までため息をつきそうになった。
僕を含めた3人は、全員21歳の大学生。
共通点は2つ。
高校の同級生であることと、全員の恋がここ1ヶ月で終わったことだ。
竜也は目の前にあった一口残ったビールを飲み干すと、蒼介に問いかけた。
「今も持ってんの?指輪」
言われた蒼介は、カバンから水色の箱を取り出した。
「結局、渡すことなかったけどな…」
遠くを見ながら呟いたので、思わずツッコむ。
「付き合う前に指輪買われるのは、どう考えても重いって」
蒼介は不満そうに眉間に皺を寄せた。
「いけそうだったんだって。
…そういえば、航平も彼女と別れて一ヶ月だろ。もう吹っ切れた?」
返す刀で切りつけられ、僕は逆にダメージを負った。
「なかなかな…5年付き合ってたし。指輪もまだ捨てれない」
高校の頃に買った彼女とのペアリングは、今も財布の中にある。
すると、竜也が思いついたように言った。
「みんなでさ、指輪売りに行かね?
捨てるのも勿体ないし。
気持ちを断ち切る、って意味も込めてさ」
竜也は立ち上がり、ポケットから指輪を取り出した。
こいつも、数日前に彼女と別れたばかりだ。
「売った金でパーッと遊ぼうぜ」
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「メルカリで売るべきだったかなぁ」
買取ショップの外に出た竜也が呟いたけど、その表情はどこか晴れやかに見えた。時刻はもう21時を回っている。
指輪3つで12,000円。
僕と竜也のは2000円、ブランドものである蒼介の指輪でようやく8,000円だった。
「35,000円で買ったのにな…」
口惜しそうに呟く蒼介には悪いけど、僕はこれでいいと思った。
こういう機会でもないと、踏ん切りをつけれなかっただろうから。
みんなで夜道を歩く。
僕は、前から気になっていたことを蒼介に聞いた。
「っていうか、なんでそんな高い指輪買ったの?」
蒼介は、彼に似合わないちょっと寂しそうな顔で答えた。
「あの子さ、都合の良い時だけ俺を呼び出すんだよ。
本命の男と会えなかった時とか、ちょっといい飯食いたいときとか。
…俺だって、付き合ってくれるわけないって本当はわかってた。
でも、好きだったから。
踏ん切りつけるために、高い指輪買ったんだよ」
理論はわからないけど、気持ちはわかる気がした。
「なるほどねえ」
微妙な声で竜也が呟く。
多分、僕とおんなじような気持ちなんだろう。
「竜也は?お前、普段指輪なんかつけるキャラじゃないじゃん」
蒼介が、僕も気になっていたことを竜也に聞いた。
竜也は淡々と答える。
「高校の時、彼女にもらったんだよ。気が向いたら嵌めて欲しいって。
お前の言う通り、指輪なんかするキャラじゃないからな。
ずっと箱の中に閉まってた。
でも、いつか嵌めようと思ってたんだよ。
…その前に別れることになっちゃったけどな」
竜也の元カノは、夢を追いかけて海外に行く決断をした。
彼女は交際を続けることを望んだらしいけど、竜也はそれを断った。
『遠距離は続けられる自信ないし。
それに、俺がいたら向こうも気になるだろうし』
理由を聞くとそう答えてくれたけど、おそらく本当の気持ちは後者だ。
竜也はすごく優しいし、何より本当に彼女のことが好きだった。
僕と蒼介は、それをよく知っている。
「航平は高校の時からずっーとつけてたよな、その指輪。」
今度は、竜也が僕に話を振った。
3人の中で最初に彼女ができたのは僕で、指輪を付けていった日もしこたまイジられたのを覚えている。
「付き合って1年経った日に、記念に買ったんだよな。
ロフトで買った安いやつだけど」
付き合って5年経った日の夜。
彼女は、唐突に僕に別れを告げた。
『他に好きな人ができた』
別々の大学に進んだけど、僕には彼女だけだった。
でも、彼女は違った。それだけのことだ。
頭ではわかっているけど。
「情けねえんだけどさ。
“大人になったらもっとちゃんとしたの買おうね”って。
そう言ったあいつの顔が頭から離れなかったんだよな」
その約束が、今でも頭に染み付いて離れない。
指輪を見ると、どうしようもなく好きだったことを思い出してしまう自分がいた。
「だから、お前らのおかげで指輪を手放せたことに感謝してる。
ありがとな」
僕らは違う理由で指輪を手にし、それぞれの理由があって手放した。
なんだか、僕にはそれが奇跡のように思えた。
そんな感傷的な気分に浸っている僕の方を二人がバン、と叩いた。
「さあ、俺らはようやくこれで指輪の呪縛から解き放たれたわけだ。
…なんか『ロード・オブ・ザ・リング』みたいだな。
さあ、パーっと飲みに行こうぜ」
「そのお金でバー行って女の子をナンパしよう。
次こそ結婚指輪を買う相手を見つける!」
「お前は生き急ぎ過ぎなんだよ」
二人のやり取りを見て、僕は思わず笑ってしまった。
こいつら、僕の話を聞いていたんだろうか?
「おーい、いくぞ航平。いつまでもシケた面してんなよ」
「失恋のショックを癒すのは新しい恋だ。
一緒に結婚指輪を渡す相手を探すぞ!」
きっと、彼らなりに元気づけようとしてくれているんだろう。ありがたい。
まだ胸は痛いけど、もう無理しなくても笑える。
僕は自分に言い聞かせた。
僕らの指輪を求める物語は、まだまだ続きそうだ。