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創作が楽しくなったのは、別の世界線に行けるから
ここ数ヶ月、エッセイや詩以外のフィクションもの(以下、「創作」と書くことにします)をちょいちょい投稿している。
日常の話を見に来てくださっている方々にとっては邪魔なんだろうな……と思いつつ、すいません! でもよかったら読んでみてください! という願いをこめて投稿ボタンを押す。まだまだ発展途上もいいところなので、是が非でも読んでほしいとは言えないけれど。
最初は「エッセイだけでなく創作も書けるようにならねば」という若干義務的というか、苦手分野から逃げてはいけないという気持ちからスタートしていた。しかし今では、積極的にストーリーを考えている自分がいる。
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創作に苦手意識がある理由。まず小説的な描写が苦手という致命的な問題も1個あるが、それ以前の段階で「自分が体験していないことを書くのが難しい」という点があった。
エッセイは身の回りで起きたことを書くので、書き始めのハードルが割と低い。しかし、自分以外のだれかが主人公になると、頭で組み立てる部分が途端に大きくなる。実際に体験していないから、一生懸命想像しているつもりでも、どこかぼんやりしていたのだろう。そこに描写力のなさが加わり、エッセイよりもさらに歪になっていった。
しかし、ここで一念発起。勉強しつつ日々アイデア出しと執筆に励むようになった。それを続けていたある日、一区切りのタイミングでパソコンから目を離したときに「あ、今あっちの世界で楽しんでたな私」と突然気づいたのである。
これが、私にとって創作を書く上での1番の魅力だと思った。現実世界とは違う世界線に行ける。そこに私は存在していないけど、主人公の目線を借りて、あるいはカメラマンとして、その場を体験できる。温かい、幸せな世界を作って、そこに行けるなんて、めちゃくちゃ楽しいじゃん。
もちろんエッセイも、面と向かってしゃべるよりも文章を推敲できる分饒舌に話せるし、好きなことをテンション高めでお送りできるのがすごく楽しい。実際は黙って書いているのに、ずっとしゃべっている気持ちにもなれる。しかし、あくまでも世界線は ”現実”。つまり、現実の私が一定以上のテンションじゃないと書けないという弊害もあった。
しかしその点、創作なら問題ない。だって私じゃないから。落ち込みすぎると書く気力すらなくなるのでどうしようもないけど、創作が「書く」という営みをより身近にしてくれた功労者の1人なのは間違いない。そして、別世界に行くことで気分転換にもなる……なんか厭世的な雰囲気が出ている気がしなくもないが、それくらい楽しいってことです。
ただ現状としては、読者の方々が楽しめているかどうか……という問題がある。これは創作以外の全てにも言えることではあるが、いかんせんエッセイに比べて小説の読書量が少なく、その結果が文章に出ているはずなのだ。
なので、無理なく読めそうな作品を、描写をはじめとした構造にも注目しつつ読んでいきたい。ちなみに音読も適度に続けている。元々は文字が滑るのを防止するためだったが、このほうが頭に残りやすいだろうし、滑舌の訓練にもなる。それに、感情をこめて話すと楽しくなってくるのだ。
小学生時代、教科書の文章を一文、あるいは段落ごとにリレー形式で読むのが楽しみだったことを思い出し、今は全部読めるもんねと謎に得意げになりながら、今日も口を動かしている。
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