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マリーはなぜ泣く⑮~ミサイルマン~

前回のあらすじ:伊東さんの彼女は若くて胸が大きかった。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

 彼は当時俺たちが自主制作で作ったCD-Rを取り出した。昔ライブをやるときに、一枚五〇〇円だか千円だかで手売りしていた物だ。頑張って一〇〇枚焼いて、その内の五〇枚は今だ俺の実家にある。
 CD-Rには、俺と伊東さんのかすれたサインが入っていた。

「イベントに行ったときに、一枚買って、『サインください』って言ったら、『どうせ売れないから、全部持っていけ』って言われて、タダで二〇枚ぐらい貰ったんですよ」彼の話を聞いて思い出した。そんなことがあった。

「俺そん時に、『うわー、やべぇ。ロックだー』と思ってションベン漏らしたんですから」調子よく話を盛る彼の言葉を聞きながら、確かにロックだなと、俺は過去の自分に対して思った。

 
 開演の時間前にライブハウスはすでに満席だったが、俺のことを知っている人間は伊東さん、満里、先代と大籠包、それと例のボーカルしか居ないように思えた。俺が死んでも、ジンジャーほど人は集められない。
 本番前にひとりになる時間が欲しくて、ライブハウスの真裏にある公園に抜け出した。

「哲ちゃん、久しぶりやね!」ライブハウスのオーナーが俺を見つけて声を掛けてきた。

「どこおるんかな思うて、探しとったんよ。昔から、よう本番前は外出よったね」
 もう一人、俺を知る人間が居た。さんざん世話になったし、悪い人じゃ無かった。しかし、俺はなんだか苦手なタイプだった。

「どうで、大阪では? 頑張りおるけ?」
「ん~、イマイチですね。イマイチ」
「ほうけ。松山帰っておいでよ。なんでもあるで」

 わざわざ東京や大阪に出ないでも、地元でなんでも出来る。それがこの人の持論だった。郷土愛が強いというよりも、都会に嫉妬している反都会主義者のような面もあるが、この人単体でいえば、地元を拠点に十分成功している。今回のイベントだってこの人の力が無ければ実現していないはずだ。

「また、ラジオの仕事しようで。哲ちゃんが戻ってくるなら、枠買うから。 テレビやって、いま愛媛はバラエティ出来る地元のタレント弱いから、すぐに仕事取れるわ」

 嬉々として語っているが、パンクロッカーに憧れていた若者が、売れない芸人に成って地元に帰ってくる。それって悲喜劇ですねと思った。声には出さなかった。昔の俺なら、言葉にしていただろう。代わりに大人らしく、

「ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」と礼を言い、
「まあ、大籠包と嫁と話して、地元での活動も選択肢に入れてみます」と逃げた。

 技術よりコンディションより若さより、なによりもパンクロックをやるのに必要な、得体の知れないイライラが湧いてきていた。

 俺は楽屋に戻ると、開口一番、

「伊東さん、パンクやるぞ!!」と発した。



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