バックパッカーズ・ゲストハウス⑫「静岡で飲むションベン」
前回までのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2
十時間掛けて翌日の早朝に名古屋へ着いた。朝マックを食べたあと、ネットカフェで携帯を充電し、シャワーを浴びた。パソコンで静岡までの行き方を調べて、一番安かったので電車で行くことにした。急行なら正午には着きそうだった。名古屋の滞在はそれだけで終わった。
愛媛―名古屋のバスの中で龍とメールのやり取りをして、静岡経由で東京に行くことを伝えると、静岡まで向かえに来たがったので、JR静岡駅で落ち合うことになっていた。
名駅から電車に乗る前に、「十二時頃には着く」とメールを入れると、「OK」と連絡が返ってきた。しかし、豊橋と浜松で乗り換え、途中どっちかの駅で立食いソバを食べている内に、どこかで予定が狂って、私は五十分遅刻した。
龍はそこから更に五分遅れてやって来た。一緒に住んでいるのとは別の女を連れて来ていた。話は聞いていたので、誰かはすぐに分かった。
元々「特攻の拓」なんかを愛読しちゃうような田舎のヤンキーだった龍は、東京で垢抜けると、池袋ウエストゲートパークの窪塚風都会の不良を格好いいと認識するようになった。そこから更に進んで、私にモヒカンを勧めた頃からは、「イギリスの不良は格好いい」という思考に到ったようで、パンクロッカーに憧れだした。仕事柄、自身がモヒカンにすることは出来ないが、行動力はあるので半年前から人を集めてバンドを組んでいた。そのバンド活動で出会った、パンクな女といい仲になっていた。
静岡で富士山を見ながら、茶を飲んで団子を食べる。情緒を楽しむという名目の元、どうでもいいことをしたいという私に、龍は照れくさいのか、女の紹介もそこそこに、
「富士山を見たいのなら、山梨の方がいいらしい」と、来る前に同僚に聞いたことを教えてくれた。
私は静岡を舐めていたので、駅に行けば、とりあえずどこかに富士が見え、街は緑茶の香りが漂っていると思っていた。実際には、JR静岡駅前にはビルが並んでいて、普通の地方都市という光景だった。
駅から富士山の見える方向にとりあえず歩いて行って、途中適当な茶屋で一服するという私の立てた雑な計画は頓挫したが、「次郎長ゆかりの場所に行く」というプランBを行うことにした。
羽振りの良い龍の金でタクシーに乗り、静岡駅前から十キロかそこら先の次郎長の墓に行った。墓のある寺に併設されていた資料館を見て回ったあと、港まで歩いて行き、そこから遠くに富士山が見えた。
道の駅にしては立派だが、ショッピングモールとしてはショボい施設があり、そこで静岡茶と団子を探したが見当たらず、代わりに見つけた、「お茶らむね」というご当地ジュースを飲んだ。ションベンを飲んだことはないが、多分こんな味なんだろうなと思った。
デパートの屋上に置いているような、子供向けの大型遊具が何個かあり、いくつか乗ってみたが、すぐに飽きて、龍が海に落ちるかも知れない港のふちふちで、「組み体操のサボテンをしないか」と提案してきた。富士山をバックにしたその光景はメチャクチャに面白そうだったので、「やろう」と答えたが、そこからどちらが土台役をやるかで揉めた。
龍は私より身長が五センチ高いことを理由に、自分の方が土台に適していると主張したが、私は体重は変わらないことと、自身が小学校六年の時の運動会で、サボテンの土台役を勤めた経験者であることを理由に、自分の方がより土台に適していると応戦した。
「提案者なのだから、自分に上か下か選ぶ権利がある」という龍と、「提案者なんだから、進んでより危険な上をやるべきだ」という私の主張がぶつかったあたりで、ふざけているのではなく、本気で話し合っていることに気づいたパンクな女が、
「危ないから止めときな」と怒った。パンクな女が危ないというのだから、本当に危ないのだろう。それで富士山をバックに港のふちでサボテンをやるという思いつきは流れた。しばらく東京にいるのだから、富士山はもっと近い場所で見られるように出直してきて、その時に、味のある茶屋で入れ立てのお茶と団子、そしてなにか面白いことをリベンジしようということになった。