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『パーラー・ボーイ君、サーカスを探す』
いつもオシャレなラロッカちゃん。彼女は街でも評判の、おしゃまさんです。
でも、今日はいつもと違い、ヘンな柄のTシャツを嬉しそうに着ています。
このシャツは、昨日おじいちゃんとサーカスを見に行ったときに買ってもらった、ポリショイ大サーカスのオリジナルシャツなのです。
ラロッカちゃんは公園で、イモムシの匂いを嗅いで遊んでいるパーラー・ボーイ君とハラルド君を見つけると、
「あなた達! コレをごらんなさい!」
と、シャツのスソをパタパタさせながら、駆け寄りました。
「やあ、ラロッカちゃん。人が着るということを完ぺきに無視した、バクハツ系アートなデザインのTシャツだね」
ハラルド君が言うと、ラロッカちゃんは、
「これは、ポリショイ大サーカスのTシャツなのよ」
と自慢しました。これにはハラルド君も、
「いーな、いーな、サーカス見に行ったの?」
と、うらやましがりっこ全開です。
ところが、パーラー・ボーイ君は、“サーカスってなに?”とキョトンとしています。
パーラー・ボーイ君が無知なのはいつもの事ですが、さすがにハラルド君も少々あきれ気味です。
「パーラー・ボーイ君、サーカスって言うのはね――」
ラロッカちゃんはここぞとばかりに、昨日見てきたサーカスの一部始終を語ります。
「――超人たちのおりなす、スーパーミラクルイリュージョンなのよ!」
空中ブランコや猛獣たちの曲芸、ピエロのジャグリングの話を聞いて、パーラー・ボーイ君はいてもたってもいられません。
“ボクもサーカス見たい!”と駆け出しました。
「ちょっと、パーラー・ボーイ君どこ行くの!!」
ラロッカちゃんが驚いて声を掛けますが、もはやパーラー・ボーイ君には聞こえていません。
「彼は、いつもああだよ」
ハラルド君は肩をすくめました。
家に帰ってきたパーラー・ボーイ君は、すぐさまお母さんに、
「サーカス連れてってン」
と、せがみましたが、ビオレを詰め替えるのに忙しいお母さんは、
「今日はダメよ。お父さんの次の休みに3人で行きましょう」
と言ったきり、パーラー・ボーイ君のことを相手にしてくれません。
オマケに今日は、あいにくの月曜日。お父さんの次の休みは、まだまだ先です。
子どもにとって、一週間は永遠のながさです。火の付いたパーラ・ボーイ君はとてもお父さんの次の休みまで待っていられません。
“I'm going!!”
パーラー・ボーイ君は自転車にまたがり、サーカスを目指して漕ぎ出しました。
☆
フラフラと、あぶない運転で進むパーラー・ボーイ君。
レストラン・キチロウの前を通りかかったときに、オーナーのコジマがその姿を見て声をかけます。
「パーラー・ボーイ君! そんなに急いでどこ行くの?」
「ボク、サーカスに行くんだ」
「それなら、サーカスはそっちじゃなくて、あっちだよ!」
コジマは東の方を指差して言いました。
パーラー・ボーイ君は“ありがとね”と手を振ると、東に向きを変えて走りだしました。うしろからコジマが慌てて、
「でも、サーカスは遠いから、自転車じゃ行けないよ!!」
と止めましたが、すでにパーラー・ボーイ君にはコジマの声は届いていません、ドンドン進んでいってしまいます。
しばらく進むと、立ち話をする買い物帰りのオバサンたちの群れが、道をふさいでいるのに遭遇しました。
“どいて、どいて”とベルを鳴らしながら、パーラー・ボーイ君はオバサンたちの間に割って入ります。
すると、特売の玉子を58パックまとめ買いしていたオバサンに、
「パーラー・ボーイ君、どこ行くの?」
と聞かれたので、パーラー・ボーイ君が、
「ボク、サーカスに行くのサ」
と答えると、オバサンは、
「それなら、アンタ、コレ持っていきなさいよ。お得よ~❤」
と、ストアー中井で3000円以上買い物するともらえる、サーカスの優待券(通常価格、大人2800円が2500円に割引される)をくれました。
“ありがとね~❤” 笑顔で手を振り、再び走りだしたパーラー・ボーイ君に、オバサンたちは、
「パーラー・ボーイ君! 違うわよ、サーカスはそっちじゃなくて、アッチ、アッチ!」
と南の方角を指して言いました。
方向を南に変えて進むパーラー・ボーイ君に向かって、オバサンたちはさらに、
「でもサーカスは遠いから、自転車じゃ行けないわよ!」
と声をかけましたが、すでにパーラー・ボーイ君の耳には、オバサンたちの声は聞こえていません。
○●○
パーラー・ボーイ君が、道路交通法を無視して、“フラフラ、フラフラ”と危ない運転で車道の真ん中を走るので、いつの間にか、パーラー・ボーイ君の後ろには、お盆の帰省ラッシュ並の渋滞が出来ていました。
“プップー! プップー!”
渋滞の列の中にいるトラックの運転手が、苛立たしげにクラクションを鳴らしながら言いました。
「おい! いったいどうなってんだ、この渋滞は!!!」
前の車の運転手が、窓から身を乗りだして答えます。
「なんか、子どもが自転車で道の真ん中を走ってるんだってよ!」
「なんだと! そりゃ、ホントか!? 危ねぇじゃねぇかッ、早く警察に連絡してやれ、バカヤロー!!」
トラックの運転手は、言葉づかいは乱暴ですが、言っていることはまともです。
子どもが道路の真ん中を走っていると通報があったので、近くをパトロールしていた、ジョゼフは車を迂回させて現場に向かいました。
ジョゼフは半年後にせまった、定年退職後に奥さんと2人でヨーロッパ一周旅行をすることを、何よりも楽しみに生きる、年老いた街の保安官です。
現場に着いたジョゼフは、
「アレは、パーラーさんとこの子どもじゃないか。あそこの息子はヤンチャだからな」
とつぶやきながら、車から降りると、
「こらー! パーラー・ボーイ君、とまりなさい!」
と道の真ん中に立ちふさがりました。
一方パーラー・ボーイ君は、
“いったい、いつになったらサーカス着くのかな~。ホントにコッチで合ってるのかな~?”
と考えていた矢先に、都合よく保安官が現れたので、
“そうだ! お父さんが、「道に迷ったときは、保安官に聞きなさい」て言ってた”
と思いだし、ジョゼフに向かって進みましたが、勢い余って、そのままジョゼフの下腹部にぶつかってしまいました。
不意に体の一部を強襲されてしまったジョゼフは、
“クエッ!”
と奇怪な声を発すると、そのまま、うずくまってしまいましたが、パーラー・ボーイ君は、そんなことお構いなしに、
「ねぇ、どうやったらサーカスに行けるの? ねぇ、ねぇ?」
と詰め寄ります。
定年半年前にして訪れた、殉職の危機ですが、ジョゼフはそれでも何とか声をふり絞ると、パーラー・ボーイ君に、
「……今日、月曜だから、サーカス休みだよ……」
と教えてあげました。
「え~、サーカス見れないの……」
「明日、お父さんに連れて行ってもらいなさい」
「お父さん、仕事だもん」
パーラー・ボーイ君は悲しそうにまゆを下げました。
「どうやら、明日、ストライキがあるらしいから、たぶんお父さん仕事休みだよ」
ジョゼフは、パーラー・ボーイ君のお父さんが、鉄道会社で働いているのを知っているので、今日の夕刊で見た情報をパーラー・ボーイ君に教えてあげました。
それを聞いてパーラー・ボーイ君の顔は、“パッ”と明るくなり、
「やったー! 明日はストライキだ―!!」
と言いながら、自転車を漕いで、もと来た道を戻っていきました。
ジョゼフは、その後ろ姿を見送りながら、
“早く退職したいなぁ”
と、心から思いました。