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マリーはなぜ泣く③~The Wind Cries Mary~

前回のあらすじ:苦戦するメンバー探しを経て、ベースと作曲にハゲなのにポニーテールという変わった髪形をした「伊東さん」。ドラムは「ジンジャー」と名付けたリズムマシン。ギターとボーカルを「俺」が担当するという、ロックなトリオ編成のバンドが誕生した。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe

「やっぱり、マリーが泣いている」初ライブの前におこなった、最終の音合わせで伊東さんは言った。五曲演奏する予定にしていた。オリジナルが三曲にコピーを二曲。コピーする曲のひとつに、俺は、『The Wind Cries Mary』というジミー・ヘンドリックスのバラードを選んだ。邦題は、『風の中のマリー』

「The Wind Whispers Mary」「The Wind Screams Mary」「The Wind Cries Mary」風がマリーと、「ささやき」「叫び」「泣く」そういった歌詞だが、俺がやるとどういう分けか、マリーが、「ささやき」「叫び」「泣いている」ように聞こえると伊東さんは言っていた。歌い方なのか、弾き方なのか、どちらにしても感覚的なものなので、直し方が分からなかった。

「それ以外は完璧だ」という伊東さんに、「本番では風を泣かすよ」と余裕ぶって答えたが、初めてのライブはステージに立つと、泣いているのが誰かなんて意識する余裕はなかった。

 他の出演者やライブハウスのスタッフを除けば、純粋な観客と呼べる人間は二人しかいなかったが、自分たちが良いと思う曲をステージで演奏出来ただけで満足だった。

 初ライブ以降、精力的に活動をおこなった。初めのうちは、とにかく演奏出来ることが嬉しかった。しかし、慣れてくると段々と倦んだものが溜まってきた。社会人である伊東さんは余暇をほとんどバンドのために捧げ、俺だって大学生とはいえ、バイトもしていたので、決して暇をもてあましている分けではなかった。得体の知れない情熱に突き動かされ活動していたが、いつまで経ってもファンの一人も出来なかった。アマチュアバンドの寄り集まったイベントなんてただでさえ観客は少ない。そのうえ他のバンド目当てで来た観客たちは、俺たちの出番になると、ゾロゾロとトイレに行ったり、飲みものを買いに行ったり。ノルマのチケットは捌ず、ライブをやる度に大幅に赤字になっていた。金と労力を払って、他のバンドを見に来たヤツらの休憩時間を作っているようなものだった。唯一の救いは、ライブハウスやライブバーのスタッフの中には、俺たちのやっている音楽に理解を示してくれる人が居て、なにかと気に掛けてくれていたことぐらいだ。

 ある日俺は、普段なら曲名や、コピーなら原曲が誰かを紹介するぐらいしか入れなかったMCで、鬱積した思いを自虐的な自己紹介として吐き出した。

「友達の居ない貧相な学生と、ハゲをハンチングで隠した中年男性の出番なんで、みなさん今のうちにトイレなりタバコなり休憩を済ませといてください」僅かながら失笑が聞こえた。なんにせよ客席からリアクションがあったことが嬉しかったのか、伊東さんが調子に乗って、

「酷いこと言うなよ」とぼやきながら帽子を脱ぐと、さっきよりも大きな笑いが起こった。この後に出てくる、イケメン風バンドのファンたちからしてみれば、俺たちは珍獣みたいなもんだっただろう。その日は一曲演奏を削って、その分合間合間にトークを入れた。

 それ以降のライブでは、俺たちはよく喋るようになった。自虐的なネタや、毒を吐くことが多かったが、好きなミュージシャンや曲のエピソードをおもしろおかしく紹介することもあった。ロックをやるものとして、あくまで尖っていたいという思いから、時には言い過ぎて、

「この後は化粧をしたブスとデブのステージなので最後まで楽しんでいってください」なんてことを口走ることもあったが、バンドマンは意外といいヤツらが多くて、怒られるどころか笑ってくれた。彼らのファンの中には、わざわざ出待ちして御丁寧に苦情を言いに来る人間もいたが。


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