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マリーはなぜ泣く⑦~Take It Easy~

前回のあらすじ:本来ならば就活をしなければいけないはずの主人公は、喫茶店で、冷コと紅茶のシフォンケーキを奢ってもらったことにより、大籠包の新しい相方として芸人になることに決める。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe


「なにかと忙しいやろうから」という大籠包の気遣いで、初舞台の予定は俺が大学を卒業したあとに入れることにした。
 ノンキなもので、プロダクションへの所属の手続きも、卒業ギリギリに大籠包が大阪へ行く用事に付き添って、ついでという感じで済ませた。すでに所属芸人として活動している大籠包とコンビを組むということで、俺はオーディションを受けることも養成所に入ることもなく、あっけないほどすんなりと、芸能プロダクション所属のタレントとなった。

「養成所の学費四十万浮いたな!」ガハハッと笑った大籠包は、上機嫌で俺に大阪の街を案内してくれた。
 街を歩きながら、道頓堀にある小さな劇場で観光客相手の舞台と、なんばグランド花月の向かいにあるビルの地下で若手中心の舞台を見た。そして夜には、魔窟のような趣の、「美園ビル」にある、場末という言葉がピッタリのお笑いバーで、おかしさよりも哀しみを感じさせる芸人たちのステージを見た。

 半日の間に三ヶ所の劇場を回り、その間に大籠包は三度飯を食い、二度喫茶店で休憩した。

「どうや? 大しておもろいヤツおらんかったやろ?」大籠包はその大きな体によく似合う笑い声を上げながら、
「これやったら、哲ちゃんと伊東さんの掛け合いの方がだいぶおもろいわ」と続けた。

 自分のことはよく分からないが、確かに伊東さんの喋りの方が今日見た大抵の芸人よりも面白かった。それと、今まで大籠包のことを地方に飛ばされた、しがない芸人と見ていたが、他の芸人を見て彼のネタが存外にクオリティーの高いことに気づいた。なんだか、大籠包となら上手くいきそうな気がした。

「任期が決まってるわけやないけど、いつまでも愛媛に派遣されてるわけやないと思うねん。いつか違う芸人と変わるか、そもそもこの企画自体が終わると思うんや。そんときに、哲ちゃんはこの街で暮らせるか?」難波の駅に向いながら大籠包が言った。高島屋の前でめちゃくちゃに上手いベーシストが路上演奏をしていた。
 

 伊東さんとは、一体俺にとってなんなのか。愛媛に帰ると、俺はまた彼に相談した。
「いいんじゃない。そうなったら行ってみたら。帆を広げた船は、やがて風をはらんで進み出す。そういうことでしょ」

 どういうことかは分からなかったが、どうやら伊東さんは、運命に身を任せるタイプの人生観を持っているらしい。俺だけプロダクション所属になったとはいえ、バンドを辞めたわけじゃない。俺が大阪に行ってしまえば二人の音楽活動に支障が出る。それを気にすると、

「大阪なんて近いもんだよ。その気になればいつだって会いに行ける。今よりは回数が減るだろうけど、大阪でも愛媛でも、ライブも二人で曲を作ることも出来るよ」伊東さんは楽観的に言った。

「それに、大阪に行けば、いいミュージシャンもいっぱいいる。こっちとは桁違いだ。なにも俺に義理立てする必要は無い。いろんな人とバンドを組んだり、交流を持つことで才能が伸びる可能性もあるよ。――なんて表現していいか分からないんだけど、音楽やるにしろ、漫才やるにしろ、哲ちゃんは、なんかいい物を持ってるんだよ」最後に、

「気楽に考えな」と彼は言った。



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