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マリーはなぜ泣く㉓最終話~You Can’t Always Get What You Want~
前回のあらすじ:舞台に飛び出した小籠包とその妻、満里。パンクロッカーに憧れていた少年は中年になり、売れない芸人として舞台で太った嫁に吹っ飛ばされる。せめてその姿を笑えと心の中で叫んでいた。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/m1008d63186fe】
ネタが終わったあと、観客も審査員も笑っていた。大ウケしたといっていい。俺はなぜか怒っていた。なんに対してか分からない。ただ、怒りこそが俺の原動力なんだと思う。だからパンクロックが好きなんだ。
満里は泣いていた。
「満里、なんでないてんねん」
極度の緊張や不安から解放された安堵から、涙腺がおかしくなった。限界の限界まで小便を我慢した時に、トイレが見えた瞬間、漏らしてまう。それと同じようなことなんだろうと思った。でも満里は、長々とそんなおもんない説明はしなかった。ただひと言、
「分かんない」
とだけ言った。
「コインランドリーがやりたい」
大籠包と山分けにして、賞金の半分、五百万円が我が家へ転がり込んできた。満里はそれを元手にコインランドリーを経営したがったが、世の中はそんなに甘くない。まったく話にならないほど資金としては足りなかった。結婚式と新婚旅行の費用にしようかと思い調べると、タイとバリに象に乗って挙式ができるサービスを見つけた。新婚旅行も兼ねていいんじゃないかと提案したが、
「私が乗ると象が可哀想だから、痩せてからにする」と満里は遠慮した。
どうせ仕事のオファーが山ほど舞い込んで来ている今の状況では、実際には海外なんか行けない。気を使ってそう言ってるんだと思う。仕方がないので、外食に行く回数を増やして、ダラダラと賞金を消費しているが、俺たちが食いに行くような店はたかが知れていて大して減らない。長いこと大阪に停泊していた船が、東京へ移動しそうなので、そのための資金にしてもいい。住む場所を変えることになったら、デカいベッドを買おうと思う。それまでは布団でいい。
満里はあれ以来、舞台にもテレビにも出ていない。「安静」という曖昧な基準をいいことに、二週間ほどで退院した大籠包と一緒に俺は忙しく動き回っている。しょっちゅう大籠包の体調を心配して、「大丈夫か?」と尋ねるが、大籠包は決まって、「大丈夫や」と言ったあとに、
「別にいいやろ、この際死んでも。今なら本望や」と答える。適当に言っている風をしているが、本心だろう。
あの日、俺と満里の漫才では、結局朝子は笑わなかったらしい。ジッと、真剣にテレビを見ていたそうだ。結果が発表されたあと、最高の笑顔を浮かべ大籠包に抱きついた。その時に大籠包が、悪趣味な冗談で胸を押さえ苦しむ振りをすると、慌ててナースコールを鳴らそうとした。すぐに大籠包がおどけてみせると、
「おもんないねん!」と言いながら、彼の頭を叩き、声を出して笑ったそうだ。
何十年も前からミック・ジャガーが歌っている曲を、俺は最近よく口ずさむ。
「求めても手に入らないことがある。求めても手に入らないことがある。求めても手に入らないことがある」破れかぶれにそう繰り返したあと、優しいのかズルいのか、
「でも気づいたら、本当に必要なものは手にしてることもあるんだよ」と落とす。そんな歌詞だった。
また満里のために歌ってやるって約束したことを思い出し、次はこの曲にしようと密かに思った。
どうでもいいタイミングで彼女に、
「そういえばあん時、こんな約束したよな」と話すと、
「あんた、一緒に漫才してるとき、まるで歌ってるみたいやったよ」と満里は笑った。