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『帰ろう』第二話

前回

 オレも弟もだいぶ大人になってから大阪に出てきた。地元の繁華街では、オレは一晩に七度酔いつぶれ七度蘇ったことから、『三番町の不死鳥』。弟は酔っ払って同じ店で飲んでいた市議会議員の息子に絡み、彼の着ていたワイシャツを破ったが、度量の広かった議員の息子が笑って許してくれたことから、『恩赦』と通り名が付くくらいに顔は効いた。しかし、大阪では行きつけといえるような場所はなかった。それでアル中の先導で飲みに出た。

 アル中は一件目にオレたちのことを高級なキャバクラに案内した。そこでは一番年長者のオレの隣に、一番売れてそうなキャバ嬢が付いた。弟はオレの隣に座った嬢を見て、「太郎の隣の人おっぱいがこぼれいくらみたいになっとるやないかい!」と叫んだ。

 ワンセットで店を出て、オレたちはコンビニのATM経由で二軒目に、これもアル中の案内で今度は安いキャバクラに行った。安月給のオレたちは、この時点で一件目では六人いた面子の半分は脱落して、オレと弟とアル中だけになっていた。

 二軒目の前半が弟のピークで、ディフューザーの蒸気をシーシャみたいに吸ったり、伊達メガネをマドラー代わりに酒を混ぜたりしていた。そして要所要所に、「兄貴には絶対に敵わん」だの、「兄貴にはすごい恩がある」だの具体的ではない褒め言葉を挟んだ。そして隙あらば、そのまま寝ようとした。

 寝ようとする弟を揺り動かし起こした何度目かに、
「トイレに行く」と彼は立ち上がり、まともに歩けずに転けた。そして転けたまま立ち上がろうとしなかったが、トイレに連れて行かなければヤバい気がしたので、彼を文字通り引きずってトイレへ行った。

 弟はトイレに入ると、「やばい、酔った」と言いながら、自力で起き小便器の前に立った。その様子を見て、意外と大丈夫なのかな? と思ったのもつかの間、うまくチャックを下ろすことが出来ず、そのままションベンをした。当然ズボンはビショビショで、ションベンを全漏らしした経験がある人なら分かると思うが、靴の中までヒタヒタになっているはずだった。

 弟は気にする様子もなく、今度は大便器の前に行ってゲロを吐いた。ションベンはミスっても、ゲロは上手く吐いていた。

 そこへ心配したアル中が様子を見に来て、オレは床が濡れている訳を説明した。
「やば! ところでこの後どうします?」
 というアル中に、オレは、
「ションベンを漏らしたら、そこで試合終了ですよ」とやんわりと解散を示唆した。

「弟のことだけタクシーに放り込んで、二人でもう一件行こう」と粘るアル中を諭して、オレは弟と一緒にタクシーに乗り込んだ。

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