『ジャングルの夜』最終第十三話
しばらく千多が前を歩くことになった。舗装されていない場所を登る場面があり、前後を入れ替わるのは演出のためだけではなく、安全面での配慮のようだった。
ばかでかい葉を持つ植物をかき分けて進む道があり、その手前までは千多が前を歩いた。もうツアーは終わりに近づいていた。ぽっちゃりは早く家に帰りたいだろうが、千多はなんとなく寂しい気持ちになっていた。
チューバーズトンネルと名付けられた、大葉に覆われたゾーンを抜けると、大きなガジュマルの木が見えた。千多は気味の悪い木だと思っていたが、歩くというその木の生態を聞き終えたあとには、特別に神秘的なものだと見え方が変わった。
最後はジャングルを抜け、昼間観光したのとは別の鍾乳洞の中を通って帰った。ヤモリが沢山いて、ぽっちゃりは、
「雨宿りしに来ている」と説明し、天候のせいでそれほど沢山の生物を見ることが出来なかった千多を気遣ったかのように、捕まえて見せてくれた。
鍾乳洞を横切るように抜けると、舗装された道へ出て、やがて始発点だったキャビンが見えてきた。刈り上げが手を振って二人を迎えてくれた。
辿り着くと、刈り上げは建物の中から、オオコオモリが入ったカゴを持ってきて、千多に見せてくれた。カゴの中で暴れるオオコウモリを見て、ぽっちゃりは、
「そうとう乱暴に入れたんじゃないか」といい、刈り上げは、「やっぱり分かった? 結構苦労した」というような会話をした。
お茶とオレンジジュースとルートビアが用意されていて、刈り上げがルートビアについて、「アルコールは入ってないが、ちょっとクセがある」というような簡単な説明をしてくれた。千多はせっかくなのでルートビアを選び、飲みながら長靴を履き替え、ツアー用のバッグから中身を取り出して帰り支度を始めた。暑くはなかったので喉は渇いていないつもりだったが、思いのほか勢いよく体はルートビアを吸収した。
タバコを一本吸えば収まる類いの、愛煙家特有の軽い咳を千多は何度かした。悪い病が流行っていて、ぽっちゃりが怪訝な表情をしたような気がした。
長居しても悪いと思い、残ったルートビアを一気に飲み干し、千多は二人に礼を言った。
そっと財布からポケットに移していた五千円札を、別れ際、「一人のためにこんなツアーをやってもらって申し訳ないから」といい訳するように言いながら、千多は、ぽっちゃりに渡した。
「景気は悪い。沖縄の人はみんな」という、昨日会った知人の言葉が印象に残っていた。一万円じゃないところに、自分も大した景気じゃないなと思った。
チップをもらったことがないのか、「え、え?」と困惑した声を出すぽっちゃりに、「彼女と分けて晩ご飯代にでもしてください」と刈り上げにチラッと視線を向けた。小声でのやり取りだったが、聞こえていたようで、後ろから刈り上げが、
「お兄さんにいいことがありますように」と手を振った。彼女にそう言われると、本当にいいことがありそうな気がした。
刈り上げとは正反対に、生真面目に、「ありがとうございます」というぽっちゃりの言葉に軽く答えて。千多は照れ隠しに出口へ向って小走りに駆けた。
門を出ると、駐車場ではすでにタクシーが千多のことを待っていた。