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池袋のオアシス

上京して初めて訪れた東京の繁華街は池袋だった。

今でこそ慣れてしまったので小洒落てなくて落ち着く街という印象を持っているが、上京した当初はまだ違って見えた。

駅前で夢を追う若者が歌っていたり、夜にも大勢人がいたり、高い建物も多くて活気のある街。実際よりも巨大にこの街のことを捉えていたように思う。

上京するまでめったに都会に行くようなことはなかったし、当時の自分は本当に同学年の子たちと比べても生きている世界がとても狭かったので、親元を離れての生活はとにかく今までの常識が通用せずに苦しんでいたような気がする。

当時の自分は周りの子たちより子供である気がして、そのことがたまらなく苦しくて仕方がなかった。今でこそ育ってきた環境が違うだけだし、田舎で育ったからこそ大らかである自分やリソースの少ない中で工夫する力、厳しい環境で生き抜く力を培えたとポジティブに考えることができるが、当時は「なんで自分はこんなに物を知らないのだろう」と日々嘆いてやるせない思いに胸を痛ませていた。

そんなとき、僕はいつも「池袋のオアシス」に向かった。

池袋東口を出て横断歩道を渡った先のみずほ銀行の横のビル。その最上階にそのお店はあった。

初めて入ったときはたしか……ゼミの先生に呼び出されて場所がわからず右往左往しながらやっとのことで辿り着いたはずだ。

昭和の雰囲気を残したままの内装、外の喧騒が嘘のように適度に静かな店内、窓から見下ろす池袋の街並み。高いところが好きな訳じゃないけれど、僕はここがとても気に入った。

本当にいろんなことを考えた。上京するまで考えたことのないことでたくさん悩んだ。恋愛のこと、友達との人間関係、親との軋轢。その大半は悩んでもどうしようもないことばかりだった。それでも心に憤りを抱えながら見下ろす池袋の夜景は嫌いじゃなかった。

氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーをちびちび飲む時間が好きだった。

コンプレックスを抱えながら生きていくことは賢くない。賢くないけれど、それは悪いことでもないはずだ。僕はずっと人生順風満帆な人ってなんだかつまんないなって思うし、自分より恵まれていると思っちゃう人には嫉妬してしまう。僕はスマートじゃない。だから無駄が多いし、人に嫌われたりするけど、寄り道した人にしか見えないものが見えるし、嫌われた人の気持ちに寄り添う気概だってある。

これはただの負け惜しみで、僕が膨大な暇つぶしで得たものといえば、「特別な人や特別な人生はあるけど、別に自分がそうなる必要性はないし、自分にとって特別は良いことばかりでもない」ってだけだ。

薄くなったアイスコーヒーの味は、僕しか知らない味だしね。


クリームソーダやレモンスカッシュよりも一番安い珈琲がないと辛い。


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