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〈キューバ紀行11〉思い出を、家電に換えて生きていく。

 思い出って、なんだろう。

 2017年3月。帰国したばかりの日本は、ワールドベースボールクラッシック第4回大会に沸いていた。
 キューバ代表も参加していて、2次ラウンドまで勝ち進んだが、敗退。
 話は、キューバ敗退の前日に遡る。

  仕事の打ち合わせのため、私は紀尾井町のホテルニューオータニでクライアントを待っていた。
 ニューオータニは政治外交で要人を接待する際に多用される。そのせいか、いつもロビーには、外国人が多い。
 その日、私の目を引いたのは背の高い黒人男性だった。目が覚めるような青地に赤をあしらったジャージ。背中にはCUBAの4文字が刺繍されている。
「キューバ代表のスポーツ選手だ!」
 身体が動いていた。人生観を変えたキューバ遠征から帰国したばかり。この出会いには、何か意味がある。学ぶべきことがあると直観した。

 話しかけてみると、ワールドベースボールクラッシックに出場するキューバ代表の選手だと言う。
 ナショナルチームのアスリートと会えるなんてラッキーだ! 私の胸は躍った。
 彼は、ホンデル・マルティネス投手。ハバナ州の生まれで、オーバーとサイドスローから90マイルの速球と多彩な変化球を投げ分ける右の本格派。アテネ、北京五輪にも出場している。

 無骨な印象だった。キューバ人は陽気だが、常に「素の自分」でいるため、愛想が悪く見えることもある。そういう場合は、こちらも気を遣わずに、素の自分でいればいい。彼は淡々としているが、悪い人では(当然)ない。
「そうそう、こういう感じ」
 少し前までいたハバナの雰囲気を感じながら、しみじみしていた。
 彼が突然、何かを思いつき、早口でまくしたてる。よくよく話を聞くと、興味があるならユニフォームを見せたいと言う。ユニフォームはホテルの部屋にあるらしい。

「部屋へ行けばいいのか?」
「いや、写真を送るから、連絡先を交換しよう」
 わざわざ写真を撮って送ってくれるなんてずいぶん親切だ。
「グラシアス」
 そう言って別れたあと、5分ほどでマルティネスから写真が届いた。2種類のユニフォームを広げた、表と裏の写真だ。
 すごく丁寧に写している。キューバ人ぽくないセンスだ。続けざまに写真が送られて来る。今度はチームジャージの上下、裏表だ。
 その後、野球帽、代表選手の名札など、相次いで写真が送られてくる。

 なるほど。これが、キューバ代表のユニフォームか。野球ファンでもない私は、WBCの日本代表の試合すら観ていない。感慨が、湧かない。彼の親切をどう受けとめればよいだろう。
 すごく丁寧だし出会えた記念にもなるが、この写真に、何を返信すればいいものか。正直なところ、送ってくれた写真を保存するかどうかさえ、微妙だ。

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