日本武道館への道③ 会長は、まだ現れない
インタビューを無事に終えた我々は、いよいよ撮影のフェーズに突入する。
候補に挙がった二つのメロディのうち、どちらが良いか選んでもらい、選択されたメロディラインをつかってオケをつくっていく。
同時並行で、歌詞も作成する。
それまで聴き取った皆さんの話、録音を何度も聴き直しながら、またノートを読み返しながら言葉を紡いでいく。
当然、全員が話した言葉をすべて詰め込むスペースはない。
だから詩として集約していくのだ。
例えば、
・志なんてない
・食わなきゃいけないから働いている
・将来のことなんて考えてない、分からない
という言葉を集約して
「約束もないまま 出会った仲間たち」
というラインが生まれた。
・家から近いから、ここで働いてる
・友達がいるから来ただけ
・ずっと製造業を転々としてるから
という言葉たちは
「自分を必要とする場所が そばにあったのさ」
というリリックになった。
多くの社員さんたちは、自分らの取るに足らない(と、本人たちは思っている)話が、歌詞になったことを驚き、素直に喜んでくれた。
さあ、いよいよロケだ。
撮影は職場で行われる。
アーティストは一人も出ない。
出演は全て三和電気の社員さん。
実はシャイな社長も歌って踊って芝居までしている。
しかし一人、まだこのミュージックビデオ製作について疑義を抱いている人がいた。
会長。
すなわち先代の社長その人だ。
「うちは、そんな会社じゃない。そんなもの必要ない」
現社長と、ずいぶん話し合いが行われたようだ。
しかし一度、一線から引いた身であるからと、経過を静観しておられた。
じつは私たちにも、会長に対してある想いがあった。
社員さんたちにインタビューしていくと、会長への感謝、その存在の大きさを語る人が少なくなかったからだ。
三和電気株式会社の未来は、会長をはじめ、礎を築いてきた方を置いて考えることはできない。
クライマックスシーンは、会長から社員さんに理念を口伝で継承する場面と決めていた。
会長にお会いできるのは、ロケ当日。
承諾を得られるかは、その場に懸かっている。
私たちは社員さんたちに撮影のガイダンスや演技指導をしながら、会長が現れるのを待った。
社員さんたちは健気に体を動かし、踊りながら撮影をこなしていく。
会長はまだ現れない。
自己表現することを苦手とする社員さんたち、ふだんは寡黙に職務を遂行している職人さんたちが、殻を破り、まさに体を張ってぶつかってくる。
私も必死で演出をつける。
この人たちのためにも何としても会長の出演を勝ちとりたい。
最後のロケ現場、屋上のバルコニー。ついに会長がおいでになられた。
私が、出演を要請しようとご挨拶をすると、名刺を差し出した両手を、会長にガッチリ握られた。
「あなた、どんな魔法を使ったんですか?」
戸惑う私に会長は続ける。
「うちの社員が、踊るなんて! あり得ない!」
なんと、密かに撮影の様子を見守ってくださっていたらしい。
会長は社員さんたちが絶対に乗り気にならないだろうと考えておられたようだ。
だから反対されていたのだ。
慈父のごとき経営者の想いに胸が震える。
会長は勇んで出演してくださり、後継の社員たちに口伝で社の成り立ちや理念を継承するシーンでは、本当に良い話をしてくださった。
それを聞く社員さんも本当に良い顔をされている。
ミュージックビデオの完成後は、会長が誰よりもこの作品を気に入ってくださり、経営者の勉強会やステークホルダーとの懇談の場など、ことあるごとにこの映像をひろめてくださるようになったのだ。
三和電気株式会社、社会を蔭から支える人たちの日常。
2分27秒のドラマをご覧いただければ幸いだ。
※三和電気株式会社ANTHEM(アンセム)
「あした見た夢」本編
https://youtu.be/mijd-f4H4Bo