「貨幣に関する異端的見解と現代貨幣理論(MMT)」(2015年)

https://moslereconomics.com/wp-content/uploads/2007/12/Money-and-MMT.pdf

以下では、フィル・アームストロング (Phil Armstrong) による論文 「Heterodox Views of Money and Modern Monetary Theory (MMT)」(2015年)」 の概要と主張を解説します。本稿は、大まかに次の3つのテーマを扱っています。

  1. 貨幣の歴史・起源に関する「正統派(新古典派)」の見解と、それが抱える問題点

  2. 「異端派(ヘテロドックス)」の貨幣論(信用貨幣論、国家貨幣論)とそれがMMTと整合すること

  3. MMTが示す「実際の通貨運用のコア(本質)」と、そこに存在する「政治的・社会的層」という二層構造の概念


1. 新古典派の「バザー起源説(バーチャー起源説)」への批判

1-1. 新古典派の「仮説的な貨幣史」

アームストロングはまず、新古典派や自由市場を強く信奉する経済学者がしばしば唱える「貨幣はもともと物々交換の効率性向上のために“自然”に生まれた」という物語 (conjectural history) を批判します。

  • 彼らの主張:
    個々人が互いの効用を最大化するための交換手段として、コモディティ(例:貴金属)に自然に集約され、そこから貨幣制度が発達した。

  • 問題点:
    実際の歴史・人類学・考古学の証拠はこの簡単な仮説を支持しておらず、むしろ「国家の課税権」や「社会的債務関係」こそ貨幣成立に重大な役割を果たしたと多くの研究が示す。

アームストロングは、**この「バーチャー起源説」は実際の歴史事実よりも、むしろ新古典派の道徳・規範的な立場を補完するために組み立てられた“神話”**に近いと指摘します。

1-2. “不都合な事実”の切り捨て

彼は、こうした通説を支える根拠が実証的に乏しく、「都合の悪い事実を無視する」ことで保たれていると述べます。歴史・人類学的研究(例:グレーバー、ポランニーなど)では、前貨幣社会には物々交換が普遍的に存在したわけではなく、むしろ債務や再分配などの制度が根源にあると指摘されるのです。


2. 「国家貨幣論」と「信用貨幣論」の核心

2-1. 信用貨幣論 (Credit Theory of Money)

  • アルフレッド・ミッチェル・イネス(A. Mitchell Innes)らが提唱。

  • 「貨幣=信用の記録」 として捉え、債権と債務の両面であると考える。

  • 貨幣は単に物々交換の媒介ではなく、「これは誰が誰にいくら負っているか」という 社会的債務関係の記録 にすぎない。

  • 私的な借用証書であっても流通させることで「貨幣として振る舞う」ことが可能で、政府の介在がなくても信用で成り立つ場合がある。

2-2. 国家貨幣論 (State Theory of Money, Chartalism)

  • G.F.クナップ(Knapp)の著作『国家紙券説』(1905) に端を発する。

  • 国家こそが通貨の単位を定義し、納税手段としての受容を強制することで通貨に価値を与える

  • たとえば、政府が「税は○○通貨で払う義務がある」と定めれば、市民は税を納めるためにその通貨を需要し、結果として通貨が流通するようになる。

  • これを 「税による貨幣需要の創出」 と呼ぶ。

2-3. 相補的な理論

「貨幣は国家の強制力(課税など)で価値を得る」(国家貨幣論) と、「貨幣は基本的に債務—信用関係」(信用貨幣論) は互いに排反しない。

  • 政府が定めるユニット(例:”1ドル”)を用い、民間も信用貨幣を発行するが、それは国が承認した単位に則っている。

  • これら2つの理論は、ともに 「バーチャー起源説を否定」 し、歴史的・考古学的証拠に一致するアプローチを示す。


3. MMT (Modern Monetary Theory) の本質

3-1. MMTは国家貨幣論と信用貨幣論の延長にある

アームストロングによると、MMTは**「通貨は公共独占であり、政府の支払い(政府支出)こそが通貨の価値を律する」**という理論基盤を持ち、 Lerner(機能的財政) や Keynes の影響を受けつつ展開された。

  • 政府支出→民間へ通貨注入→その後税金で回収

  • 通貨発行は政府の一方的な行為であり、納税により民間はその通貨を返済・消滅する。この流れがあるため、政府に「財源の制約」はない(ただしインフレ制約はある)。

  • 「政府は先に支出しなければ、民間は税を払う通貨を得られない」という図式。

3-2. 「国家は価格設定者」: 物価水準は政府支払い価格が大きく決定

  • MMTでは「インフレは需要超過だけでなく、政府が高い支払い価格を容認し続けることで進行する」と解釈。

  • 政府がより高い賃金・価格で支払えば、その分通貨価値が下がり、インフレを引き起こす。逆に政府が支払い価格を上げなければ、インフレは持続しない。

3-3. フローティング相場制下では政府は通貨発行者であり「財政的に破綻」しない

  • 金本位や固定相場制下とは異なり、変動相場制(不換紙幣)では政府が通貨供給を掌握し、財政破綻リスクは存在しない。

  • しかしなお「無制限に支出してもいい」わけではなく、インフレが最終的な制約となる。

  • 中央銀行は金利を任意に決定可能であり、国債発行は「通貨を借りる行為」ではなく「金利水準を調整する行為」として機能する。


4. 「制約」は多くが政治的・自己課 imposed constraints

アームストロングは、MMTの視点では「政府には本質的に財源制約はなく、変動相場制なら金利も意のままにコントロール可能なはず」だと指摘。しかし、多くの国では下記のような自己拘束ルールが存在する:

  • 国債発行上限(Debt ceiling): アメリカ合衆国など

  • 中央銀行が国債を直接引き受けることの禁止

  • 中央銀行と財務省の分離(日本やイギリスも例外でない)

  • 各国独自の財政均衡ルール(EUの安定成長協定など)

これらは金本位制や固定相場制の時代、もしくは「古いオーソドックスな金融論」をもとに設定された政治的・イデオロギー的ルールであり、現行の不換紙幣・変動相場制のもとでは本質的に不要ともいえる。しかし、ネオリベラルなイデオロギーや、かつての金本位時代の遺構として、これらの自己拘束が依然として政策を縛っていると批判する。


5. 結論・示唆

  1. 歴史的証拠は「バーチャー起源説」を支持せず、むしろ「信用貨幣論・国家貨幣論」が整合的

    • 物々交換起源説は“都合のよい神話”であると強く批判し、実証研究(古代エジプト、メソポタミア、ギリシャ他)からも確認できるように、税や国家による定義が貨幣誕生には重要だった。

  2. MMTはそうした「異端的な貨幣観」を理論基盤とし、現代通貨制度の核心的な実態を描く

    • 政府支出が先、税はその後。国債発行は金利調整のためで、財源確保の手段ではない。

    • インフレや為替相場が政府の行動を限定しうるが、いわゆる「破綻リスク」や「子孫への借金」といった主張は変動相場制の実態に合わない。

  3. 政治的レイヤーによる自己拘束が依然残存し、経済政策を無用に制限している

    • “政府は家計とは違う”という事実を理解せず、過度に「均衡財政」や「市場に任せる」ことを良しとする風潮が残る。

    • この結果、フル雇用に必要な財政支出が躊躇されるなど、市場原理主義(ネオリベラリズム)の名の下に、本来可能な公的役割が阻害されている。

総じて、アームストロングは**「MMTによる貨幣観こそが、実際の通貨制度のコア(国家の通貨発行能力や信用貨幣の特質)を正しく描写し、金本位制時代の制約論理を捨てることで、政策空間を大幅に広げられる」**と説きます。その際、「国債発行上限」「中央銀行と財務省の厳格な分離」などは、変動相場制の枠組みでは単なる自己拘束・政治的選択にすぎず、経済政策を誤った方向に追い込みがちである、と強調しています。

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