【小説】みかんつぶの恋
私は恋をしている。
同じ実の中にいる、右隣の房に。
しかし、彼には恋人がいる。
彼から見て右隣の可愛らしい房が、彼の彼女だ。
私の恋は叶わない。
彼の彼女に敵わない。
彼は初期からモテた。
幸か不幸か、私は偶然房の多いみかんに生まれた。
普通、みかんの房は10前後だが、私の生まれたみかんは、房が15もある。
その15房のうち、唯一の男が彼だった。
また、みかんの房が多いほど美味しいみかんであるため、それもまた彼のモテを加速させる要因となった。
多くの房が彼に告白した。
彼の真後ろにいる房でさえも告白していた。
しかし、彼は決まってこう言う。
「姿が見えないのなら、付き合えない」
ごもっともな意見である。
その言葉通り、彼は姿の見える右隣の彼女と付き合った。
告白は彼からだった。
先月の「みかんつぶを温める会」という謎の年中行事の際、彼が「みかんつぶを一所懸命に温めている姿に惚れました。付き合ってください」と彼女に告白したのだ。
なんじゃそりゃ。
また、このようなことも言っていた。
「僕のタイプは、みかんつぶを温めるのが上手な子です。温めオンチはちょっと…」
ちなみに、「温めオンチ」とは人間界で言う「運動オンチ」的なニュアンスで、反対に、「温め上手」は「足が速い」的なニュアンスである。
自慢じゃないが、私は実の中で一番の温めオンチである。
つまり、遠回しに私は振られたのだ。
私の初恋は呆気なく、告白すら出来ずに、みかんつぶと共に散っていった。
付き合ってから、彼と彼女はずっとイチャイチャしている。
私の隣で。
はっきり言って、バカップルである。
しかし、彼が幸せそうなのだ。
好きな人が幸せであることが一番の幸せであると、私のみかん魂が叫んでいる。
だから、恋心は押し殺し、温かく見守ることにした。温めオンチだが。
こうして、無駄にフラストレーションが溜まる日々を過ごすようになって、今に至る。
彼から姿が見える房は、左隣の私と右隣の彼女のみである。
つまり実質2択だった訳だが、悩むどころか即決で、挙げ句の果てにはやんわりと振られたという結末で、私の失恋物語は幕を閉じることとなったのだ。
しかし、私はある事件が起こったことで、考えが変わった。
出荷である。
生きてきて初めて、ちゃんとした死を予感した。
元々食べられる運命であることは重々承知だが、怖いものは怖い。
せめて、最期までに遂げられる目標や、生きる糧を見つけたい。
そう思ってしまい、目標を決めたのだ。
「彼に想いを伝えたい。」
「死ぬまでに好きだと伝えたい。」
どれだけ彼に嫌われていたとしても、想いを伝えてから死のうと覚悟を決めた。
しかし、あれからまだ想いは告げられていない。
出荷され、売られ、買われ、どこにいるのかもわからない。
辺りは暗く、いつも居た場所と空気が違う。
怖い。
だが、隣に彼がいる。
彼のぬくもりがある。
それだけで良いのだ。私には。
すると突然、ムサっという音と共に、光が舞い込んだ。
ついに、この時が来たのだと思った。
私は食べられるのだ。
皮が剥かれる音がする。
皮が完全に剥かされたら、次は房が分けられてしまう。
結局、私は彼に想いを告げぬまま食べられる運命にあったのか。
答えは、否。
みかんに生まれたからには、みかん魂で意地を見せなければ、とても死にきれない。
ここが意地を見せつけられる最後のチャンスであり、私の最期はここにある。
そう本能で悟った私は、房が幾つかに分けられてしまう寸前、遂に、彼に好きだと伝えた。
その刹那、彼は彼女と共に、旅立った。
幾つかに分けられた房は、彼と彼女を共にしたのだ。
運命までもが彼女に味方した。
そして、私は食べられた。