「人生の選択」2024年9月23日の日記
特にこれと言って何も書くほどのこともなかったので日記を書くつもりはなかったのだが事情が変わった。
仕事をして、昼寝して、仕事をして、家事をして、漫然と生きていたが、テレビを見たら能登豪雨の映像が流れてきた。
やばかった。
亡くなった人もいるし、まだ行方不明者がいる。奇跡でもなんでもいい、行方不明者が生きた状態で見つかって欲しいと心から願っている。
こういうときに自分の無力さを痛感する。ドーンと億単位で寄付する金もない。自衛隊を動かす権力もない。車の運転ができないので駆けつけることもできない(そもそもそんな道路状況ではないのだが)
なんなら日本地図よくわからないので能登の位置すらわからない。
ただの市井のオジサン、を超えてポンコツのオジサンである。腹が出てるだけのオジサン。
そんなオジサンではあるが、出来る範囲で出来ることはしたい。地震で心が折れ、それでも前を向くんだと決めた人たちの心がまた折れている。なんとかできないかと思うのだ。傲慢だと言うなら言えばいい。そこで何もせずに一生他人を批判して悦に入っていればいい。斜に構えていればいい。俺はそんな人生を選択しない。だから邪魔をしないでほしい。
石川県のサイトを見ると、明日から義援金の受付が始まるが、銀行振り込みはまだ調整中らしい。
金で解決できることとできないことがある。だが金を送るくらいが精一杯な人にとっては振込先があるだけで「なんとかなってくれ」という気持ちを載せることが出来る。
義援金の詳細は石川県のサイトにてご確認ください。
ぼくは金すらない。来月はまたショートの危機だ。それでも漫然と生きるだけの余裕がある。だったらお金がたいして贈れなくても少しでもなんでも出来ることはやる。やります。
心折れてるかもしれないけど、被災した人たちがふんばれるように。元気玉だ。みんなから少しずつ力を分けてやってくれ。