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学術誌のOpinionを読む(1)~コロナウィルスによる民族差別~

 毎日家にいて暇(本当は勉強しないといけないのですが)なので、英語の練習を兼ねて、学術誌のオピニオンコーナー(論文ではなくて、昨今の科学事情に対して編集者が意見するコーナー)を翻訳してみることにしました。非常にレベル的にも良い英語ですので、英語に自信のある方は原文を読んでみてください。

 今回はNature誌に4月7日に掲載されたEDITORIALの記事を取り上げます。テーマは、コロナウィルスによって起こっているアジア人への差別についてです。

出典(原文リンク
Nature 580, 165 (2020)
doi: 10.1038/d41586-020-01009-0


  今年の2月、世界保健機関(WHO)が新型コロナウィルス感染症の呼称をCOVID-19と決定した際、公衆衛生情報の伝達を担う組織は迅速にその名前を採用した。この決定によってWHOは、感染症に名前を付けただけではなく、ウィルスを武漢や中国と関連付けて誤った報道をしていたメディア-我々Natureもその一つであった-に暗にメッセージを送っていたのである。このことについては我々の誤りであり、責任をもってお詫び申し上げる。

 ウィルス性疾患を、最初にアウトブレイクが発生した場所や地域と結びつけて考えることはごく一般的であった-MERS(中東呼吸器症候群)やジカ熱(ウガンダのジカ森にちなんで名付けられた)のように。だが2015年、WHOはこの慣習に終止符を打ち、地域や住民に対して向けられる恐怖や怒りのような悪影響を減らすガイドラインを作成した。ガイドラインでは、ウィルスはすべての人類に感染するのだと強調している-一度アウトブレイクが起こってしまえば、人種や出自に関係なく、全員に感染のリスクがあるのだと。

 それでも、各国が新型コロナウィルスの蔓延を抑制しようと奮闘する中、一部の政治家たちが時代遅れの考え方に固執している。ドナルド・トランプ米大統領はウィルスを中国と結びつける発言を繰り返し、ブラジルの国会議員であるエドゥアルド・ボウソナロ-(極右思想で知られる)ジャイール・ボウソナロ大統領の息子である-は、感染症を「中国の過ち」と言い放つ。そのほかにも、英国を含む多くの国の政治家が、中国に責任があると発言している。

 ウィルスやそれが引き起こす病態を、特定の場所と関連付けて論じ続けることは無責任であり、すべきではない。感染症疫学者のアダム・クチャルスキーは折よくこの2月に出版された'The Rule of Contagion'で、パンデミックが特定のコミュニティに対する言われなき非難に繋がってきた歴史を思い起こさせてくれる(我々はもっとそういったことに配慮する必要がある)。何か疑問があれば他人に助言を求め、何よりエビデンスの一致をよりどころにすべきである。

 こうしたことを怠ると、それは必ず結果として現れてくる。今回のアウトブレイクが最初に報告されてから、アジア系の人々が世界中で人種差別にさらされ、健康や暮らしなどに計り知れない犠牲を負ったことは明らかである。法執行機関はこのようなヘイト・クライムに対して優先して捜査すると発表しているが、それでも中国国外で学ぶ70万人以上の学部生、修士、博士課程の大学院生を含む多くの人々にとっては遅すぎるかもしれない。彼らの大半はオーストラリアや英国、そして米国に留学していて、研究機関がロックダウンで閉鎖され祖国に帰った者も多いのだが、そのままもう戻ってこないかもしれない。学生たちは将来の不確実性とか渡航再開の時期がわからないとかいった理由だけでなく、レイシズムが続くことへの恐れから帰国をためらっているのである。

 学生の視点から見ると、彼らは混乱を経験し、新しい繋がりや機会を失うことになるだろう。しかし、中国やアジア圏からの留学生の減少は、学術界にとっても広範囲な、そして憂慮すべき意味合いを持つ。これまで何世代にもわたって起こらなかった、大学の多様性の減少を意味するからである。

 何十年にもわたって、キャンパスはその多様性を高めるべく努力を重ねてきたし、各国が国際的な学術交流を促進する政策をとってきた。多様性は、それ自体が価値あるものである。それは異文化間の理解と対話を促し、ものの見方や自身のあり方を共有させ、そして、いつの時代においても研究と革新の原動力であってきた。

 さらに言えば、大学が-そして我々学術論文誌が-もっと寛容になれるよう、キャンパス自体もルールや構造を改善する必要がある。多様性に対する障壁はまだまだ多く残っている。例えば今月号の記事では、中国、インド、韓国、日本の研究者と科学コミュニケーションの専門家が、学術誌での発言を妨げる要因について報告している。

 多くの指導者が、パンデミックに対処して人命を救うために、専門家の化学的な意見に耳を傾け、それに従って行動しようとしている。WHOが出したアドバイスは明確である。差別を回避し、減らしていくために、できることをすべてやる。COVID-19を特定の民族や場所に関連付けない。そして、ウィルスの側は人を差別しないと強調することである-全員にリスクはあるのだ。

 コロナウィルスに煽られた差別が、アジアの若者を国際的なキャンパスから遠ざけ、教育を奪い、機会を減らし、そして研究をより厳しい状況に追いやったとすれば-皮肉なことに、世界は打開策を見出すために「研究」に頼っている-、悲劇的なことであろう。

 差別をなくさなければならない。今すぐに。

(1) S. Hanasoge et al. Nature Rev. Phys. 2, 178–180; 2020

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