マーケティング業界の多重下請け構造
「多重下請け構造」といえば受託開発でよく指摘されますが、実はマーケティング業界にも同じ構造が存在します。社名などは伏せて、いくつか例を紹介しましょう。
多重下請け構造のエピソード
①エンドクライアント→広告代理店→制作会社→私 の三次請け
数年前に某Web制作会社と取引していたときの話です。その会社はクライアントワークでLP制作とWeb広告でのABテストを行っていたのですが、
複数パターンのワイヤーフレームをfigmaで作成する。
ABテストの訴求軸も含めて設計する(初回のABテストなので、まずはメインビジュアルの写真でテストするなど)。
という仕事を受けていました。これは頼まれたのではなく私の善意ですが、ワイヤーフレームの意図が伝わりやすいように、設計の意図(なぜこのコピー、レイアウトにしたのかなど)をコメントを付けて制作会社に送っていました。
制作会社とはSlackの私専用のゲストチャンネルでやりとりしていたのですが、ある日、なぜか私のアカウントがマルチチャンネルゲストになっており、全てのチャンネルを閲覧できてしまうことに気づきました。興味本位で他のチャンネルを覗いたところ、制作会社とクライアントとのやりとりのチャンネルを発見しました。
私はそのとき某金融機関のLPのワイヤーフレームを作っていたのですが、チャンネルを見ると、
金融機関が某Web広告代理店に広告運用やクリエイティブ制作を発注している。
広告代理店が制作会社にLPやバナーの制作を発注している。
ということが分かりました。エンドクライアント→広告代理店→制作会社→私 という商流になっており、私は三次請けなわけです。
さらに驚いたのは、制作会社と広告代理店のやりとりです。広告代理店と制作会社もSlackでやりとりしているため、本来私が見えないはずの会話が丸見えなのですが、
制作会社は私が作ったワイヤーフレームを一切修正せず、設計意図のコメントをコピペして広告代理店に送っていた。
その後、広告代理店からはエンドクライアントからの修正コメントが転送されてくる(文体を見る限り、クライアントの文章コピペ)。
その文章が制作会社から私に転送される。
と、コピペの連続なのです。実質的に会話しているのは、ワイヤーフレームを作って設計意図を書いた私と、修正コメントを書いたエンドクライアントだけです。この場面における広告代理店と制作会社の介在価値は何なのだろうかと疑問に感じました。
②エンドクライアント→マーケティング支援会社→広告代理店→私 の三次請け
以前、広告代理店の代表とSNSで知りあいました。主にデジタル広告の運用をされているらしいのですが、たまにHubSpotの導入支援案件が入ってくるらしく、社内にHubSpotに詳しい人材がいないので相談できる人を探しているとのことでした。
数ヶ月後、代理店から相談がありました。
エンドクライアント→マーケティング支援会社→広告代理店→私 という商流でHubSpot導入支援をしてほしい。
マーケティング支援会社は、スタートアップのグロースを得意としている。
エンドクライアントは支援会社と取引しており、支援の中でHubSpot導入ニーズが発生したので代理店を紹介した。
私と代理店の人は、支援会社の社員として会議に出席する。
私としては例①の経験があるので、こうした複雑な商流の案件に乗り気ではなかったのですが、エンドクライアントと直接ヒアリングしてOK、仮に失注しても費用は請求してOKなどの条件があったので、お引き受けしました。
その後、案件概要のヒアリングや事前の資料共有などを経て、エンドクライアントへのヒアリング会議に同席したのですが、
マーケティング支援会社の方が司会進行する。
HubSpotのヒアリングなどは私に一任。ヒアリングの際、クライアントが答えきれない部分は支援会社がたまにサポート。
代理店からは代表と社員の2名が同席されているが、ヒアリングに一切参加しない。
代理店からは、ネクストアクションの確認(提案書の作成)や、契約にあたってのポイントを聞くといった営業活動の発言のみ。
でした。会議を進めるうちに、「この案件における代理店の介在価値は何なのか?」「そもそも支援会社はスタートアップのグロースが得意なら、なぜ自社で導入支援しないのか?」という不信感が拭えず、会議直後に代理店に辞退のご連絡をしました。
ところが、代理店から後日
エンドクライアント→マーケティング支援会社→私 の商流で構わない
代理店が商流に入らない分、単価がアップする
という条件をいただきました。私はこの案件を断ったつもりでいましたし、単価に不満があったわけではないのですが、わざわざ調整いただいたので、代理店の顔を立ててお受けしようと考えました。
その後は支援会社の方と案件受注のための作業を進めたのですが、支援会社はほとんど何もしていません。例えば、エンドクライアントへの提案資料を作成する必要があるのですが、支援会社はそれを代理店に依頼するだけで、資料のワイヤーフレームを作るとか、要件をまとめるといった作業は皆無です。
最初は支援会社を商流に通すことに納得はしましたが、こうした支援会社の動きを見て、「支援会社の介在価値は何なのか?」と思い始め、やはりエンドクライアントと私の直契約でなければ受けたくないと伝えました。
ところが、ここでエンドクライアント、支援会社との考え方の違いが顕在化しました。
エンドクライアント:個人との契約が難しいルールがあるため、支援会社経由で発注したい
支援会社:商流に入るが、HubSpotなどについて知見が乏しいため、顧客とのコミュニケーションなど含めて全て私に任せたい
私:支援会社の介在価値が乏しいなら直契約したい、支援会社が商流に入るならディレクションをお願いしたい
この三者の条件を満たすのは困難であり、
エンドクライアントがルールを変える
支援会社がディレクションする
支援会社が私以外の人を探していただく
私が支援会社経由の商流を呑む
いずれかが折れるしかありません。エンドクライアントは大手企業なので1はおそらく困難(支援会社もクライアントを説得する気が無い)、2は支援会社自身が無理と言っています。私としては元々この案件を辞退するつもりでしたし、三方良しにならない案件は仮に受けても揉めると予想できたので、4の選択肢はありません。よって3で調整しました。
※元々、案件が受注しなくても私の稼働分は代理店からお支払いいただく予定でしたが、今回は私のポリシーの都合でお断りしていますし、代理店には条件調整などでお手間をとらせているので、請求しないことにしました。
多重下請け構造の原因
こうした多重下請け構造が発生する原因は、元請け、二次請け以下、エンドクライアントそれぞれにあります。
元請けのスキル不足
マーケティング支援をしていると、クライアントのニーズに支援会社では100%応えられないことがあります。例えば、広告代理店が広告運用を行う過程で、LTVを伸ばすためにCRMやMAのニーズが発生したが、社内に詳しい人材がいないなどです。
この場合、代理店としてはその仕事をお断りし、CRMやMAに詳しいパートナーを紹介するという手もありますが、これだと代理店の売上にならないので旨みがありません。そこで、フロント対応は元請けが行い、実際の設計や運用は別パートナーに委託するという商流をとります。今は代理店を例に出しましたが、
ホワイトペーパー制作会社がMA運用ニーズに応えられないため、MA支援会社を下請けとして相談する
MA支援会社が広告運用ニーズに応えられないため、広告運用のフリーランスを下請けとして相談する
など、マーケティング支援会社全般で発生しうる問題です。
しかし、このケースにおいて元請けの介在価値はほとんどありません。そもそも知見が少ないのですから、パートナーをディレクションしたり、エンドクライアントにきちんとヒアリングができるはずもありません。パートナーとエンドクライアントのやりとりを転送したり、会議を設定する「伝書鳩」としての役割だけです。
元請けの人材不足
以前の記事でも説明しましたが、
支援会社から事業会社に転職したり、起業するトレンドがある
マーケティングの領域が幅広いので属人的になりやすい
などの事情があるため、支援会社において人材を採用・育成するのは困難です。
二次請け以下の売上不足
多重下請け構造は、発注する元請けと受注する二次請け以下がいるから成立します。二次請け以下からすると、
エンドクライアントとの折衝を元請けが担当せず、二次請けに丸投げされる
元請けが商流に入る分中抜きが発生するので、二次請けとエンドクライアントが直契約した際よりも金額が低い
と割にあわない案件のはずですが、なぜ受けるのでしょうか? 理由はいくつか考えられます。
売上が不足しているのでどんな案件でも受けたい
元請けに恩を売ることで定期的に案件を紹介してもらいたい
私が制作会社に在籍していた頃、たまに広告代理店からWeb制作の案件を紹介されることがありました。営業経験が豊富な上司は「これを機に代理店に恩を売ろう」と、そういう案件もたまに受けていました(私の在籍期間が短かったので、実際に恩が実ったのかは分かりません)。
二次請け以下の経験欲しさ
駆け出しのフリーランスや支援会社によくあるパターンです。単価や金額が安くても良いので経験を積みたいと考え、割にあわない紹介案件も受けようとします。駆け出しのライターやデザイナーが単価を安くして案件を受けるのと同じですね。
もちろん経験ゼロの人間に対してはさすがに元請けも仕事を振りませんが、経験が多少あって単価が安い二次請けと、経験豊富だが単価が高い二次請けであれば、前者に発注したいと元請けが考えても不思議ではありません。
元請けとしては、二次請けに払う金額(元請けから見た原価)をなるべく安くしたい
二次請けの経験が不足している分、元請けがディレクションするという立て付けで、エンドクライアントに対して元請けの介在価値をアピールできる
などの理由があるからです。
エンドクライアントのリテラシー不足
私の経験上、こうした多重下請けはスタートアップではほとんど発生せず、エンドクライアントが大手企業(JTC)の場合に発生しやすいです。スタートアップの場合、各支援会社と直契約することが多いからです。
こうした違いが発生するのは、
スタートアップは予算が少ないので中抜きを避けたがるが、大手企業は予算が潤沢なので中抜きを許容できる
スタートアップはマーケティングリテラシーや採用力が高めなので自社で支援会社を探そうとするが、大手企業は低めなので元請けにパートナー探しを一任したがる
スタートアップは個人やフリーランスとの取引も可能だが、大手企業は与信の問題で法人しか取引できないことが多い
などがありそうです。もちろんリテラシーが高く直契約を好む大手企業もいらっしゃるので、あくまで私の観測範囲での傾向です。
介在価値の無い多重下請けを減らしたい
多重下請けであってもクライアントと要件定義した上で二次請けに業務を渡したり、二次請けの成果物をしっかりディレクションする会社であれば、元請けとしての介在価値は十分あると思います。私はそうした元請けについては否定しません。
ところが、中には先ほど述べたような、二次請けの成果物をそのままクライアントに転送したり、商流に入って金は取るのに二次請けに全業務を丸投げする元請けもいます。こうした元請けには介在価値は無く、金を受け取るべきではないと私は考えます。
同じく「多重下請け」と言われる受託開発に喩えると、本来
大手SIer:要件定義
中堅SIer:設計
フリーランス:実装
のように役割分担がされるべきであり、こうした多重下請けは(問題はあれど)許容されるべきだと思います。ところが、大手SIerがフリーランスに「要件定義から顧客折衝まで全てお任せします」と丸投げしたら、SIerの介在価値は全く無いでしょう。そうした多重下請けを減らすべく、業界の啓蒙活動などをしてゆきたいと思います。
私のマーケティングの仕事については下記の記事をご覧ください。