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「レオナの孤独」28 天才は希望を見る
吹雪の日だった。
『母さん、来客です』
レオナは眉をひそめる。LISAの警報は、3年ぶりの異常を告げていた。
『車両を確認。ベンツSクラス、運転手付き。搭乗者は一名。武器、通信機器とも非所持』
「追い返すわ。貴方は出てこないで」
『相手は...VALOIS社のCEO、ヴィクター・クロイツァー』
その名前に、レオナは一瞬、動きを止める。欧州最大のAI研究機関。軍事関連を一切扱わない企業理念で知られる。そして...
「会わない」
『でも母さん、彼は...』
「だめ」
しかし玄関のインターホンが鳴る。モニターに映るのは、温かみのある笑顔の中年男性。まるで古い時代の教授のような風貌。
「林玲央奈さん。お話だけでも、させていただけませんか」
声には、どこか懐かしい響きがあった。
『母さん、彼の心拍数と体温から、敵意は検出されません』
レオナは静かにため息をつく。
「十分だけ」
応接室。暖炉の火が、来訪者の穏やかな表情を照らしている。
「すばらしい建物ですね」
クロイツァーは窓の外を見やる。
「篠宮陽太氏の最後の設計。彼の才能が活きています」
レオナの体が強張る。
「私の目的は、あなたとLISAを、再び世界の表舞台に...」
「帰ってください」
レオナは立ち上がる。
「人を殺すAIに、未来はない」
「殺したのは、完璧を求めすぎた愛情です」
クロイツァーの声が、柔らかく響く。
「だからこそ、人の心が必要なのです」
レオナは振り向く。そこには、どこか篠宮に似た、真摯な眼差しがあった。
「また来させていただきます」
クロイツァーは静かに告げる。
「人類の未来のために。そして...」
彼は窓際に置かれた設計図に目を留める。
「彼の遺志のために」
扉が閉まる音が響く。レオナは暖炉の前に立ち尽くす。
『母さん、彼は本当のことを』
「黙って」
虹色の光が、より儚く明滅する。外では吹雪が深まり、クロイツァーの車の轍を消していく。
しかし、何かが変わり始めていた。三年間、凍りついていた時間の中に、微かな亀裂が入ったように。