哲学格闘伝説1 ニーチェvsキルケゴール
闘技場に満ちた沈黙が、突如、鐘の音で破られる。
「ご来場の皆様、お待たせいたしました」
実況の声が闇を切り裂く。
「時空を超えた、運命の対決の幕開けです」
場内が暗転する。月光だけが、円形の闘技場を照らしていた。
選手入場
「赤コーナー!」
雷鳴が轟き、無数の時計の針が逆回転を始める。
「神の死を告げ、新たな価値を求めし思想の闘士!」
「病との闘いの中、なお真理を追い求めし漆黒の預言者!」
「フリードリヒ・ニーチェ!」
地響きとともに、巨大な口髭の男が姿を現す。
漆黒のコートが風にたなびき、瞳は黄金に輝いていた。
「青コーナー!」
オルガンの荘厳な音色が、空間を満たす。
「実存の深淵に身を投じし、信仰の跳躍を説きし者!」
「孤独なる愛の中、真理を探求せし青き思索者!」
「セーレン・キルケゴール!」
白いコートを纏った男が、静かに歩み出る。
その足跡に、青い炎が揺らめいていた。
月が赤く染まり始める。
二つの時代、二つの魂が、いま交差する───
試合開始直前
二人の間に流れる沈黙が、深淵そのものとなって渦巻いていた。
「人は皆、深淵から目を逸らしている」
キルケゴールの声が、夜気を切り裂く。
その瞳に、婚約者レギーネとの別離の痛みが宿る。
「ああ」
漆黒の口髭の男が答える。
「だが、その先にある答えが違う」
病に蝕まれた脚を引きずりながら、ニーチェが一歩前に出る。
「私は、この深淵の中で踊ることを選んだ」
「踊る...?」
青い炎が、キルケゴールの体から立ち昇り始める。
「それはただの欺瞞だ。真の勇気とは─」
「欺瞞?」
ニーチェの黄金の瞳が輝きを増す。
「私の体を蝕む病も、人生の全ての苦しみも、永遠に回帰する。それでもなお、私は愛することを選ぶ」
「甘い」
キルケゴールの青炎が空間を歪ませる。
「真の実存とは、絶望の中で震えること。その震えの中でこそ、真実は─」
「震えるだけか?」
ニーチェの体から、漆黒の波動が放たれる。
「それこそが、人間の可能性を殺している」
「見せてやろう」
キルケゴールの声が低く響く。
「絶望の果てにある、真実を!」
その時、ゴングがなる。
試合開始
青い炎が渦を巻く中、キルケゴールの体が宙に浮かび上がる。
「私の能力『実存』は、人間存在の根源的な不安を具現化する」
白いコートが風にたなびく。
「この力の前では、お前の虚勢など───」
轟音と共に放たれた青い波動が、空間を引き裂く。
「虚勢、か」
ニーチェは直撃を受けながらも、血まみれの口元で笑う。
「なら教えてやろう。『永劫回帰』の真意を」
漆黒の炎が、彼の体を包み込んでいく。
「全ては永遠に回帰する。この苦痛も、この絶望も」
瞳の黄金色が、闇を切り裂く。
「この能力は、否定を肯定に変える力───」
「何...だと!?」
キルケゴールの青炎が、突如揺らぐ。
彼の放った不安の波動が、真逆の力となって己に返ってくる。
「貴様の能力は...!」
「そうだ。私の『永劫回帰』は、相手の否定の力を取り込み、肯定の力に変換する」
「だが、それこそが逃避ではないのか!」
キルケゴールの叫びと共に、青い炎が爆発的に膨張する。
「違う」
ニーチェの体から、虹色の光が立ち昇る。
「全てを受け入れ、それでもなお前に進む───これこそが超人への道」
激突する二つの思想。
深淵そのものが、共鳴を始めていた。
奥義の激突
轟音が収まらぬ中、白い影が立ち上がる。
血に染まった白衣を纏ったキルケゴールの体から、青い炎が不安定に明滅していた。
「まだ見せていなかったな」
嗄れた声が闇を震わせる。
「実存の、その先を」
月が赤く染まり始める。
「この能力『実存』の真髄───」
白衣の哲学者の体から、青白い炎が竜巻となって立ち昇る。
「人間の無力さに絶望し、それでもなお、跳躍する力だ」
巨大な十字架が、キルケゴールの背後の虚空に浮かび上がる。
「ニーチェ!貴様の永劫回帰ごときに、この絶望を受け止められようか!」
「面白い...!」
ニーチェの黄金の瞳が、深淵の底で輝きを増す。
「見せてやろう、私の運命への愛を」
漆黒の哲学者の周りの空間が、まるで万華鏡のように歪んでいく。
「私の『永劫回帰』」
ニーチェの体から、黒い炎が金色に変わり始める。
「全ての瞬間が永遠に繰り返される。それこそが───」
「狂気の思想!」とキルケゴールが吠える。
「ああ、最も重い思想だ」
ニーチェの周りで虹色の光が渦を巻く。
「だからこそ、この瞬間に全てを賭ける!」
「面白い!受けてたとう!」
二つの魂が、限界を超えようとしていた。
ニーチェが漆黒のコートを翻す。
【永劫の輪より立ち上がる意志よ
否定より肯定へと昇華せよ
超人への道を、今描け!】
「運命愛・永劫創造!」
キルケゴールが両手を天に掲げる。
【絶望の淵より目覚めし魂よ
全ての仮面を打ち砕き
今こそ示せ、跳躍の真実を!】
「実存・究極解放!」
深淵そのものが割れる音が響いた。
光の渦の中で、二つの叫びが交差する。
そして───
決着
まばゆい光が闘技場を包み込む中、二つの力が激突していた。
青く輝く十字架と、金色に燃え上がる時計の環。
キルケゴールの絶望と、ニーチェの永劫回帰。
「これが...!」
キルケゴールの青い炎が、ニーチェの金色の波動を押し返す。
「人間の真実だ!」
だが。
「ああ、確かに美しい」
ニーチェの口元が、かすかに歪む。
「その絶望こそが、私の求めていたものだ」
「なに...?」
突如、金色の波動が青い炎を飲み込んでいく。
「見えるか、キルケゴール」
ニーチェの声が響く。
「お前の絶望こそ、最も重い永劫回帰の対象なのだ」
瞬間、二つの力が螺旋を描き始める。
だが今度は、青い炎が金色の渦に吸収されていく。
「まさか...私の絶望を...」
キルケゴールの体が、膝から崩れ落ちる。
「その通りだ」
ニーチェの瞳が、深淵の底で輝きを放つ。
「私は絶望すらも肯定する。それこそが───」
「超人への道...」
キルケゴールの青い炎が完全に消え、白衣の哲学者が倒れる。
しかし、その表情は穏やかだった。
「敗北を認めよう」
キルケゴールが呟く。
「だが、これは終わりではない...新たな跳躍の始まりだ」
ニーチェは静かに頷く。
「ああ、お前の絶望は、私の永劫回帰の中で永遠に生き続ける」
満月が、勝者に銀色の光を投げかける。
深淵は、新たな高みに達した魂を見つめていた。
実況:「決着!勝者、フリードリヒ・ニーチェ!」
歓声が轟く
闘技場の大型ビジョンがある男を映し出す。
彼は、純白のトガに身を包み、階段に腰を下ろす
「人々は皆、洞窟の中の影絵を見ている」
青い空を見上げ呟く
「永遠不変のイデアこそが、真実の姿」
「私が示そう。この拳に宿る光で、永遠の真理を」
パリのカフェ。煙草の煙が漂う
「人間は、自由の刑に処せられている」
彼は、窓の外の群衆を見つめる
「あらかじめ定められた本質など存在しない。我々は、自らの選択によって自己を創造する」
レンズの曇った眼鏡越しに
「お前の『永遠の真理』こそ、最大の幻想だ」
二つのインタビューが交差する
「イデアは、この世界の影の向こうにある」
「実存こそが、全ての始まりだ」