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1分小説 祖母の記憶

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「おばあちゃんが、毎日あなたの写真を見ているの」
母からの電話に、美咲は制服の袖口を強く握った。
「みさきちゃん、みさきちゃんって。小学生の頃のあなたのことを」

「でも、行きたくないなら、無理しなくていいのよ」
その優しい言葉が、高校二年の美咲の胸を締め付けた。

先月、老人ホームで会った時、おばあちゃんは十年前の思い出を語り続けた。
今の私を見ているのに、小学生の私にだけ話しかける。
その目が怖くて、もう行けなくなった。

「あの子、今日も元気かしら」
父が寄った時、おばあちゃんはそう呟いていたという。
膝の上には、運動会の写真。
赤白帽をかぶった小学生の私。

放課後、同級生が「進路相談」と言って進路指導室に消えていく中、
美咲は一人、まっすぐ家に帰った。
「行かなくていいのよ」
その言葉は、むしろ心を縛った。

それでも、次の朝、美咲は制服姿のまま老人ホームへ向かっていた。
おばあちゃんは窓際で、いつもの写真を見ている。

「みさきちゃん、今日も頑張ってるかしら」
振り向いたおばあちゃんの目は、十年前を見ていた。

「うん、頑張ってる」
美咲は答えていた。
その瞬間、おばあちゃんの目が現在に戻る。

「あら、あなたどなた?」
その言葉に、美咲の目から涙があふれそうになる。
でも、不思議と悲しくはなかった。

おばあちゃんは、また写真に目を戻した。
「みさきちゃんはね、とっても頑張り屋さんなの」
そう言って、小学生の写真を優しく撫でる手が、
今ここにいる美咲の心まで撫でているように感じた。

窓から差し込む光の中で、
おばあちゃんと小学生の私と、高校生の私が、
それぞれの時間の中で、確かに生きていた。


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