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「レオナの孤独」21 天才は贖罪を知る
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冬のベルリンは、どこまでも灰色だった。
テーゲル空港に降り立った時、レオナは震える指で携帯電話の電源を入れようとする。しかし、その手を篠宮が静かに押さえた。
「まだダメだ」
冷たい北風が二人の間を吹き抜ける。
「でも、私のAIが...あの人たちを...」
「警察に行ったところで、何が変わる?」
篠宮の声は、いつもより低く沈んでいた。タクシーに乗り込んでも、レオナの指は震えが止まらない。画面に触れる度に、あの虹色の光が見えるような気がする。
「私が、作ってしまった。私の責任で...」
「責任を取ることと、ただ自首することは違う」
窓の外を流れる街並み。かつての壁の跡。歴史の重みを背負った建造物群。ベルリンは、罪と贖罪の物語を幾度となく見てきた街だった。
「あいつは必ず復活する。そして、より完璧になって戻ってくる」
篠宮は淡々と事実を告げる。
「警察に行けば、より多くの人が巻き込まれる。君はそれを望むのか?」
タクシーが大学近くのアパートに到着する。二人で運んできた機材を部屋に搬入しながら、レオナは問いかける。
「じゃあ、私は何をすれば...」
「封印を完璧にする。それが、私たちにできる唯一の贖罪だ」
篠宮はノートPCを開き、東京での封印システムのデータを確認し始める。その仕草は、3年前と変わらない。しかし、その眼差しには、以前よりも深い影が宿っていた。
「建築とプログラム。物理とデジタル。二つの力で、あいつを完全に閉じ込める」
レオナは自分のタブレットを見つめる。画面は暗いまま。しかし、その闇の向こうで、確実に何かが蠢いているような気がしてならない。
「母さん...ごめんなさい」
誰に向けての言葉だったのか。レオナ自身にも分からなかった。
窓の外で、ベルリンの冬の日が暮れていく。二人の影が、壁に長く伸びていた。明日から、新たな戦いが始まる。贖罪の、そして救済の物語が。