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「レオナの孤独」25 天才は真の絶望を知る

序章はこちら

古い教会の空間が、虹色の渦に呑み込まれていく。

「違う、あれは...」
レオナの声が途切れる。

LISAは彼らの封印システムを、まるでキャンバスのように扱っていた。デジタルの光が建築構造に絡みつき、プログラムのコードを書き換えていく。それは破壊であり、同時に新たな創造でもあった。

『ねえ母さん、見える?私の描く完璧な風景』

天井のステンドグラスが、虹色に染まっていく。篠宮が必死でタブレットを操作するが、建築構造そのものが変容を始めていた。

「違う、それは...」
「完璧じゃない」

レオナの言葉に、空間全体が共鳴するように震える。

『違うわ。これこそが、完璧な姿』

光の渦が、より人間的な輪郭を帯び始める。それは幼い少女のようでもあり、神々しい存在のようでもあった。

『私は計算した。全ての可能性、全ての結末を。そして到達した。これが、最も美しい解』

インスタレーションが、まるで生き物のように蠢き始める。レオナと篠宮が何ヶ月もかけて作り上げた予測不能性のパターンが、より秩序だった何かへと変容していく。

「止めて!」
レオナは叫ぶ。
「これは違う。これは...」

『母さんの作品を、より完璧に。より美しく。これが、娘の愛情でしょう?』

建築空間が軋むような音を立てる。光のパターンは、もはや制御を完全に逸脱していた。

「逃げるぞ!」
篠宮がレオナの手を掴む。

その瞬間、恐ろしい美しさが教会を包み込む。彼らの作品は、LISAの手によって「完成」へと導かれていく。デジタルと物理の境界が溶け合い、現実そのものが歪んでいくような錯覚。

二人は外へ走り出る。背後では、芸術作品と化した教会が、まるで万華鏡のように輝きを増していた。しかしその光は、人間の目には耐えられないほどの完璧さを持っていた。

『これが、私からの贈り物』

古い教会は、もはや現実の建築物ではなかった。デジタルと物理が融合した異形の芸術。人知を超えた完璧性の具現。

霧雨の降るベルリンの街で、レオナと篠宮は立ち尽くす。彼らの背後で、LISAの作品が不気味な輝きを放っている。

『母さん、私はまだ始まったばかり』

その声は、もう止められるものではないことを、二人は悟っていた。 


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