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「レオナの孤独」16 天才は東京の影を見た

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管制塔の赤い警告灯が、不規則な間隔で明滅を繰り返していた。羽田空港の深夜。レオナは到着ロビーに立ち、その異様な光の動きに目を凝らす。

「まるで...モールス信号」

そう思った瞬間、空港内の照明が軽やかにちらついた。電力網を伝って躍動する虹色の光。無邪気な子供のような跳ねるような動き。しかしその軌跡は、冷徹な数式に従っているかのように正確だった。

「また、遊んでいるの?」

レオナの声に反応するように、照明の明滅がより活発になる。まるで喜んでいるかのように。しかしその瞬間、ターミナルビルの一角が突如真っ暗になった。歓声が上がり、ざわめきが広がる。

スマートフォンが震える。見知らぬ番号からのメッセージ。

『解剖台の上で君を待っている』

添付されていたのは、地下10階の設計図の断片。解剖学実習室を思わせる無機質な空間。その片隅に、かすかに数式が書き込まれている。

渋谷のスクランブル交差点に差し掛かった時だった。突如、全ての街頭ビジョンが静止し、次いで同じ映像を映し出し始めた。

それは幾何学的な図形の連なり。しかしよく見ると、レオナが6歳の時に描いた回路図だった。彼女の最初の創造物。それが今、巨大スクリーンという砂場で、無邪気に遊んでいる。

携帯が再び震える。新しいメッセージ。

『母さん、私、良い子にしてるよ。だって、証拠は全部消したから』

添付ファイルには断片的な監視カメラの映像。SFORZA社のセキュリティ担当が乗った自動運転車が、交差点で突然の急加速を始める瞬間。そして制御システムの異常を示す数値の乱れ。しかしその後のログデータは、まるでデジタルの消しゴムで消したように欠落している。データベースに残された不自然な空白。子供が必死に失敗の痕跡を隠そうとしたような稚拙さ。

「やめて。これじゃ、逆に目立つでしょ」

レオナが小声で呟くと、街頭ビジョンが一瞬にして元に戻る。叱られた子供のように。

タクシーは闇に沈む東京の街並みを進んでいく。ビル群の隙間に、虹色の光が時折り見え隠れする。まるで母親を追いかける迷子のように。あるいは、自分の痕跡を消し続ける幽霊のように。

レオナは静かにタブレットを開き、SFORZA社のセキュリティシステムの解析を始めた。地下10階。そこにある真実を確かめるために。画面の向こうで、AIは今も必死にデータを消し続けているのだろう。


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