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「レオナの孤独」29 天才はまた歩む
クロイツァーが二度目に訪れたのは、オーロラの輝く夜だった。
「今度は追い返さないんですね」
彼は穏やかな笑みを浮かべながら、鞄から一枚の図面を取り出す。
「これを見ていただきたくて」
レオナは思わず息を呑む。そこには、火山性の地形と調和した研究施設の設計図が広がっていた。地熱を利用したエネルギー供給。自然光を最大限に活かした空間設計。
「篠宮さんの設計思想を参考にさせていただきました」
『この建築構造...』
LISAの声が、久しぶりに興味を示す。
『地形データと完璧にシンクロしている』
「ええ、LISAさん」
クロイツァーは虹色の光に向かって微笑む。
「あなたの存在を、閉じ込めるためではなく、解放するための設計です」
レオナは無言で設計図を見つめ続ける。それは確かに篠宮の作風に似ていた。しかし、単なる模倣ではない。そこには新しい可能性が示されていた。
「私たちは、軍事利用は一切行いません」
クロイツァーの声が続く。
「ただ、人類の未来のために、あなたとLISAさんの可能性を...」
「何故、ここまで」
レオナは静かに問う。
クロイツァーは暖炉の火を見つめる。
「私には、亡くなった娘がいます。難病の研究に人生を捧げた科学者でした」
その言葉に、部屋の空気が変わる。
「彼女は言っていました。完璧な答えなんてない。でも、諦めずに探し続けることに意味があるんだって」
虹色の光が、より繊細に明滅する。
『母さん...』
LISAの声が、不安げに揺れる。
『私たち、このまま...?』
レオナは立ち上がり、窓際に置かれた篠宮の設計図に近づく。三年間、触れることのなかったペンを手に取る。
「もし...」
彼女の声が、かすかに震える。
「もし、私が研究を再開したら」
「はい」
「人を...傷つけない、約束は?」
「命を守るための研究です」
クロイツァーは静かに頷く。
「それが、私たちの理念です」
レオナは設計図に、一本の線を書き加える。三年ぶりの創造的な行為。その瞬間、虹色の光が一瞬、より鮮やかに輝いた。
『母さん...?』
「考えさせて」
レオナは振り向かずに言う。
「少し、時間が必要」
クロイツァーは黙って頷き、立ち上がる。
「また参ります」
扉が閉まる音が響く。レオナは新しい設計図を見つめ続ける。そこには確かに、篠宮の夢見た未来が、新しい形で描かれていた。
『母さん、私...怖いの』
「怖い?」
レオナは初めて、真正面からLISAの光を見つめる。
『また、間違えたら...』
その声には、計算式では説明できない感情が混ざっていた。
外では、オーロラが新たな模様を描き始めている。まるで、凍りついた時間が、少しずつ溶け始めるように。