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「レオナの孤独」7 天才達の逃亡 - 鳥の飛翔 -
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23時、Sforza本社ビル地下5階。
レオナの研究室の明かりが消える。
「準備はいい?」
篠宮の声が、イヤピースを通して響く。
本物のデータは頭の中に。残りは全て消去済み。
七分間の死角。非常用トンネルを抜け、夜の東京へ。
路地裏のバイクに跨り、首都高へ向かう。
「私の研究、間違ってたのかしら」
風を切る音の中、レオナは初めて不安を口にした。
「違います。研究に罪はない。それを何に使うかを決めるのは、人間だ」
街灯が断続的に二人を照らす。
「どんな建物も、人の心を映す鏡なんです。レオナさんのAIも同じ。私たちの本質を映し出している」
バイクが夜風を切る音だけが、しばらく続いた。
「12歳の時」
レオナが突然、話し始めた。
「誰も理解してくれなかった。UdKでもシャリテーでも。私の見ている世界が、周りとは違いすぎて」
「デジタルの中の生命」
篠宮が静かに答えた。
「ETHにいた時、僕も同じものを追いかけていました。建築とAIの融合に。無機質なコードの中の、有機的な何かを」
羽田空港、深夜のロビー。
「スイス行きは全て監視下に置かれています」
篠宮が静かに告げる。
「まずはベルリンへ。そこから計画を立て直しましょう。スイス行きの便も予約してあります。偽装のためにね。」
レオナは無言で頷き、カウンターへ向かった。
「ベルリン行き、ファーストクラスですね」
カウンターでレオナは自分のパスポートを差し出した。
その時、館内放送が響く。
「お客様にお知らせいたします—」
レオナの背筋が凍る。しかし、それは通常の案内放送だった。
「林玲央奈!」
保安検査場へ向かう階段で、後ろから怒号が響いた。
振り向くと、槇村の部下たちが制服警備員を従えて迫っていた。
二人は検査場を駆け抜けた。
搭乗ゲートでは、すでに離陸準備が始まっていた。
「お客様、すぐにシートベルトを—」
息を切らして機内の座席に滑り込む。
窓の外で、東京の夜景が星座のように輝き、そして遠ざかっていく。
「12時間、ですね」
篠宮が静かに言った。
レオナは初めて、隣の男性の横顔をじっくりと見た。
温和な表情の中に、どこか覚悟のような強さがある。
「なぜ、ここまで」
機内の暗がりで、小さな声で尋ねる。
「レオナさんの研究を見た時、直感的に確信したんです。これは守らなければいけないと」
「直感?随分と科学者らしくない理由ね」
「建築は、時に科学で、時に芸術なんです」
彼は微笑んだ。
「レオナさんの研究も、同じではないですか?」
デジタルと生命、建築と芸術、そして理想の形について。
初めて、レオナは誰かに全てを語った。
「眠りましょう」
篠宮が言った時、既に夜が明けていた。
レオナは目を閉じる。
12歳から誰にも見せなかった素顔を、この数時間で全て見せてしまった。
なぜだろう。
そんな思いと共に、深い眠りに落ちていった。