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1分小説 永遠の失恋

「このまま、ずっと一緒にいよう」
夏の終わり、古い公園のベンチで幸せに包まれていた。
麻衣の髪が風に揺れ、夕陽が頬を染める。
陽斗はその光景を、永遠に覚えていたいと思った。

でも同時に、不思議な痛みも感じていた。
この完璧な瞬間は、完璧すぎて、いつか必ず失われてしまうということ。
それを、どこかで分かっていた。

「海外の大学に行くの」
秋が深まる頃、麻衣の言葉は、予感した通りだった。
「私、夢を追いたい」
その目は、まぶしいほど輝いていて、
陽斗は何も言えなかった。

「待ってる」
やっと出た言葉は、簡単すぎた。
本当は分かっていた。
「待つ」という言葉は、最も残酷な嘘だということを。

麻衣が去った後も、陽斗は同じベンチに座り続けた。
季節が変わり、木々が色づき、雪が降る。
永遠に感じた一瞬の残像を、必死に掴もうとして。

「生きてるみたいじゃないぞ」
親友の健一が心配そうに言う。
「新しい人と出会えばいいさ」

でも、それは逃避でしかない。
麻衣という「可能性」から逃げること。
永遠の「一瞬」から目を背けること。
そんな生き方は、むしろ死んでいるようなものだった。

ある日、麻衣からのメッセージ。
「素敵な人に出会った」
たった一行で、全てが終わった。

その夜、陽斗は初めて理解した。
自分は「待つ」という行為に逃げ込んでいただけだと。
永遠の可能性という甘い毒に酔っていただけだと。
そして、それこそが本当の絶望なのだと。

春になって、麻衣が一時帰国した。
「会える?」
「ごめん」
陽斗は断った。
もう、あのベンチには座れない。

でも、それも含めて愛なのかもしれない。
完璧な一瞬があったことも、
それを失うことも、
永遠に「待つ」と嘘をついたことも、
その嘘に気づいてしまったことも。

陽斗は公園に行く。
もう、思い出を追いかけるためではない。

ただ、確かめたかった。
あの夏の日の完璧な瞬間は、永遠に終わり続ける。
でも、それは消えることはない。
心の中で輝き続ける、永遠の傷として。

それは祝福であり、呪いであり、
そして、愛そのものだった。

木漏れ日が、古いベンチを照らしている。
まるで、あの日のように。

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