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1分小説 時を刻む人

※1分で読めます

誰も見上げない時計台を、山本は四十年間守ってきた。

スマートフォンの時代。
街角の古い時計台など、もう必要ないと言われた。
でも山本は毎朝、重い階段を上り、
歯車を確認し、埃を払い、時を合わせる。

まるで儀式のように。

「いつまでそんな無駄なことを」 昔は町内会からも言われた。
今は誰も何も言わない。 山本の存在自体が、忘れられているように。

それでも彼は毎日、時を刻み続けた。
正午の鐘が、誰もいない広場に響く。
たまに立ち止まる人がいても、 みな携帯の画面を見るだけ。

ある冬の朝、山本は倒れた。
誰も気づかないまま、意識を失う。 重なる埃の中で。

気がつけば病院のベッドにいた。
「もう、無理をしないで」 医師が言う。

その日から、時計台は止まったまま。
誰も気にも留めない。 それが、辛かった。

クリスマスの夜。
小さな女の子が母親の手を引かれて歩いている。
「時計さん、鳴らなくなっちゃったね」 

その言葉が、静かに響いた。

春になって、山本は再び階段を上る。
ゆっくりと、一段ずつ。
埃を払い、歯車を回し、 時計台が、また時を刻み始める。

誰も見上げなくても、 この音が、確かにここにある。
それだけで、 十分だったのかもしれない。


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