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The GORK  39: 「モンキー・マジック」

39: 「モンキー・マジック」

 剛人は一瞬、煙猿に己の背中を見せ、そこから振り向きざま「鞘」を振り下ろした。
 常人にとっては神速、、、煙猿には、わざと見せた背中自体が攻撃の的になりかねないギリギリのスピード。
 打ち落とした鞘は、何か目に見えない鋭利な刃物によって見事に両断されていた。
 その鞘を追いかけるように横払いに撃った剣が、一の太刀の時のように跳ね返される。
 剛人は剣を青眼に構えたまま、三度目の間合いを開けた。
「ワイヤーか、、また面倒な得物だな。私の居合いと似ているな、間合いが見きられたら攻撃力は半減だ。だが言っておくが、私は普通の剣も使えるぞ。」
 煙猿の表情が少し厳しくなる。
 中段で剣を突き出された上に、こちらの武器がワイヤーだと見抜かれている。
 剣でワイヤーを巻き取られたらそれで終わりだ。
 ワイヤーの先端についた金属片を分銅代わりにして、ワイヤー自体を長く飛ばす攻撃はまだ試していないが、それを使って一撃でしとめる事が出来なければ、コントロールが自分の手を放れてしまうぶん、この男相手には二度目の攻撃は不可能になる。
 ならば必殺の時を探る体力戦か、、お互いの手の内が判明したというだけの話で、どちらの攻撃威力が勝っているというわけではない。
 隙を見せた時に相手に切り刻まれる、そういう戦いなのだと思うと、煙猿の全身に恐怖以外の鳥肌が立った。
 今度は先に煙猿が動いた。
 ワイヤーを一メートルほどリールから延ばし、その先端を自由にした。
 その長さだと、ワイヤーは煙猿の操作技量と相まって鞭のように動く。

 ワイヤーが空気を切り裂いて飛んでくる。
 なに、剣で受けて絡め取れば済む。
 そう考えたのだが、予想に反して、煙猿が繰り出すワイヤーの軌道は変幻自在だった。
 ワイヤーの攻撃だけでなく、煙猿の身体が、武器そのものとして動くからだ。
 予測もしていなかった横殴りのワイヤーの飛来を辛うじて避けたと思ったら、次の瞬間には顔面数センチの所に煙猿のつま先が迫って来たことが何度もあった。
 すでにワイヤーが何度か剛人の身体を掠めており、革ジャケットは切り傷だらけで、その内の幾つからは血がにじみ始めていた。

 それでも全体的に見れば、この闘いは剛人が押していた。
 二人の体重差が、徐々に影響を及ぼし始めていたのだ。
 剛人の深い一撃が決まれば煙猿は間違いなく倒される。
 剣と鞭の攻撃の質の違いも大きかった。
 加えて鎬を削る戦い故に、ワイヤーソウに付いた極微の刃先が刃こぼれを起こし始めていた。

 剛人は煙猿を徐々に「下」の空間に追い込んでいく。
 フットワークの良い煙猿を、水平方向に追うのは体力を消耗するだけ、かと言って今、上に飛ぶにはここまで来ると、リスクが大きすぎたからだ。
 自分の上背や日本刀を含んだリーチの長さを利用して、煙猿を下に押し込むのだ。
 厄介だったワイヤーの切れ味も相当落ちている。

 煙猿は何度か床に転ぶようにして剛人の攻撃をさけ、まるで草を刈るようにワイヤーを水平に回転させながら、剛人の足首を切り落とす攻撃に転じていた。
 勿論、煙猿には、剛人がそういった状況に自分を追い込んでいるのだという状況判断はあった。
 もうすぐ剛人に仕留められる、だが自分が死ぬことに特別な感慨はなかった。
 死の瞬間がどのようなものか、目の前で何度も見てきたが、死そのものを自分が体験したわけではない、だからそれには興味があった。
 そして剛人が生き残り、この自分が死ぬ、その分け目はどこにあるのか、それにも興味があった。
 これが運というものなのか?
 ならば自分に惨殺された人間達のなんという運のなさよ。
 それともこれが力の差か?
 蛇喰の圧のある力と技は、俺のスピードと反射で相殺さている。
 では力の差とは何だ?
 現にこの俺に違う武器があったら、違う結果になっていた筈だ。
 ・・・違う武器。

 煙猿は、この展示ブロックを己の作品を飾る場所と決めた日に、ある発見をしていた。
 ブロックの隠し棚の中に、まだ撤去仕切れていない展示物が残されているのを見つけたのだ。
 それはケラミックで実験的に作られた日用品の数々や装身具などで、美術工芸品としては大した価値もない品物だった。
 しかも展示館のある本工場はそのケラミック製品を作る工場だ。
 つまり金銭的には何の値打ちのない資産だ。
 そんな経緯を経て、それらは搬出撤去作業のドタバタの中でこのブロックに置き去りにされたのだ。
 その中に、確か刀剣類があったのではないか、、、ケラミックで作られた日本刀、、煙猿はその刀身を鞘から抜き出して確認している。
 その時、金属的な光沢のない真っ白な抜き身を見て、失望したのを思い出した。
 だが切れ味は試していない。
 煙猿は、回転させているワイヤーソウの軌道を変え、その先端にある金属片を、かっての記憶に従って、展示ケースの下に組み込んである隠し棚に向かって飛ばした。


 煙猿の攻撃パターンが急に変わった。
 自分の接近を妨げる為に、振り回されていたワイヤーの斬撃空間が、歪んだのだ。
 踏み込める!!そう思ったが、逆に剛人は躊躇した。
 罠かも知れない、、だが煙猿の手の内はもう読み尽くしている、、この間合いで繰り出せる技はもう煙猿にはない筈だ、罠はない、、そう決断した時、ワイヤーソウは既に一つの展示ケースの脚隠しの部分を切り裂いていた。
 ガラスの割れる派手な音を立てて倒壊する展示ケースに向かって煙猿が飛び込んでいく。
『一体、何のつもりだ?』
 煙猿が自らが放ったワイヤーを上手く回収できていないのを、一瞬にして見て取った剛人が、追いかけるように飛び込んでいく。

 その煙猿の側に、目川が倒れていた。
 いつの間にか、戦いの場が、そこまで動いていたのだ。
 煙猿に目川を人質に取ろうとする様子はない、だがそうなれば面倒だった。
 ここで間を置かず一気にしとめる。
 こちらに背を向けて床に屈み込んでいる煙猿に、剛人は最後の一撃を加えた。

 結果、血が迸ったのは、剛人の右腕だった。
 人質を取られるという焦りと、技は全て見切ったという油断が、その結果を生んだのか、それともそれが煙猿の真の実力なのか。
 剛人の目から、煙猿の背中から白い旋風が吹き上げてくる残像が消えぬうちに、奇妙な日本刀を構えた煙猿が、二度目の攻撃を仕掛けて来た。
 右腕に大きな裂傷を負った剛人は、それを剣でかわしきれず、隙を見せた脇腹を突かれ、ついに倒れた。

「俺の勝ちだ、、。」
 煙猿が白い肌の日本刀を大きく振り上げた。
 ダイヤモンドより硬いケラミック、、、例え剛人が己の日本刀で迎え撃とうとしても、煙猿の剣はそれを断ち割って、、、。
 だが実際には、煙猿がその剣を振り下ろすことはなかった。
 一発の銃弾がそれを阻止したからである。

 背中への着弾の衝撃で、一瞬身体をぐらつかせ数歩たたらをふんだ煙猿だったが、それもつかの間のこと。
 煙猿は、不死者のように、体勢を立て直し、ゆっくりと自分を撃った狙撃手の方向に、その身体を向けたのだった。


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