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The GORK  9: 「愛するって怖い」

9: 「愛するって怖い」

 僕が、嘉門からパンティの見返りに貰ったのものは、煙猿が数年前までやっていた堅気の仕事についての情報だった。
 いつのまにかグロイストの取り巻きの一人になっていた煙猿は、ある日こんな事を彼らに言ったらしい。
「おたくらさ、もうちょっと刺激的な設定を考えないと、これだけ細分化した性のニーズにこたえられないんじゃないの。」
 日頃から得体の知れない男で、出来るだけ煙猿を避けようとしていた嘉門だったが、こと、自分が打ち込んでいるDVD制作に口を挟まれるのが心外だったのか、この日ばかりは「例えば、どんなのがあるわけよ。口でいうだけなら簡単なんだよな」と言い返したそうだ。
煙猿は、「女の身体を冷凍にしちゃってさ、それで遊ぶんだよ。どうよこれ、文字通りクール、、あっ、くだらねぇ洒落は、さっぴいといてね」と答えたらしい。
 その時の煙猿の目が完全に逝っていたので、嘉門は最初の怒りが一気に冷めてしまい、それから後は出来るだけ話題をそらそうとしたのだそうだ。
 その時の会話の中で、嘉門は「リリアルコー社に努めていたから」という煙猿の言葉の端切れを覚えていたわけだ。

 リリアルコー社の情報をネットで引き出すのは簡単だった。
 ただし本社は、という注釈付きだけど、、。
 リリアルコー日本支社は、1年前に本社が日本からの資本撤退を表明したあと、綺麗に折り畳まれていた。
 そんな状況で、旧リリアルコー日本支社社員を探し出すのには、少し骨が折れたが、こちらもネットでなんとかなった。
 ある意味、それはリリアルコー社の特殊な業務内容のお陰だったかも知れない。
 ネット上で、ある初老男性の「書き込み」を見つけたのである。
 その時、僕が使った検索キーワードは、「冷凍保存」「永遠」「再生」だった。


 ・・・事務所の中では、リョウが聞いたことのないだろう曲目がエンドレスで流れ続けていた。
 俺には、カレーライスが食べたくなると、1週間三食、ぶっ続けでカレーを食べるような所があって、音楽もその例外ではなかった。
 リョウが、曲名を聞いて来るので「愛するって怖い、、だ。」と、何故か俺は顔を真っ赤にして答えた。
「聞き込みの最中に、この曲に出会って一度で気に入って、それから事ある度に聞いてるんだ。」
 それは嘘じゃなかった。
「んーー、なんだかレズっぽい歌だね。」
「、、判るか、女性デュオが歌ってる。百合はモノホンじゃないけど、それで売ってたのさ。で、そのエロ親父は、なんて言ってたんだ?」
 リョウは、嘉門から自分のパンティと交換に情報を聞き出した経過報告は避けて、リリアルコー日本支社で煙猿と同僚だった初老の男から話を聞き出した事だけを俺に報告した。
 それにリョウは、旧リリアルコー日本支社社員に会う時にも、女装していた事や、相手が下心を持っていた事などは一言も触れなかった。
「ん、エロ親父って言った?あー、所長、焼いてくれてるんだ。」
「ばっ、馬鹿いえ。いい年こいて相手の正体も見抜けずに、すけべ心まるだしでべらべら喋ってるような奴だから、エロ親父と言ったんだ。」
「ふーん。でもどうして僕が、女の格好をして相手に会ったと決めつけるのさ。」
 ・・・知らないの~♪
 リョウの耳を、甘い歌声がその舌で舐り上げていた。

 折角、舞い戻ってきたリョウの上機嫌をどう取り繕うかと、俺は机の上にあったタバコのパッケージに手を出す。
「、、あんなに綺麗に化けれるんなら俺だってそうするからさ。」
 俺の言葉は、しどろもどろだ。
 遊びでなら幾らでも気障な言葉や辛辣な突っ込みが出来るのに、自分でも情けない。
 こんな性格は、転生前の俺も同じだったような気がする。
「ありがとう。」と素直にリョウが答えた。

『お嬢ちゃん。煙猿がリリアルコー社の勧誘をどうやったか知ってるかね。あの笑顔と、額のわっかさ。普通の人間には、額に自らの意志でシリコンを埋め込む人間のことなんか想像もできないだろう。けど奴はわざとそれを見せて、これが僕の病気なんですとやったわけだ。切り取っても切り取っても浮き上がってくる奇妙な蚯蚓腫れ、、身体に害はないけれど社会生命は絶たれたと同然の奇病。今は無理でも未来の医療技術ならそれが治せると聞いてリリアルコー社の人と何度も打ち合わせをしてたら、その内、こんな加入額の事ぐらいでウジウジしてるのが馬鹿みたいに思えてきて、それよりもっと他にリリアルコーの「冷凍」が必要な人達がいるんじゃないか、それで広める側に回りました、って感じで言うわけよ。わっか以外は、映画俳優にしたって良いくらいの男前だろ。あの爽やかな笑顔で勧誘されたら大金持ちの有閑マダムなんかはイチコロさ。勧誘率ナンバーワン。その他、色々甘い汁を吸ってたんじゃないのー。それがある日突然消えちまったわけ、正に煙の如くだよ。』

 初老男性の証言を説明するリョウの柔らかそうな口元を眺めながら、俺はいつものように「こいつは本当に男なのか?」とあらぬ思いに耽っていた。
 俺が煙猿の情報を得るのに四苦八苦したのは、情報を握っている人間達が、煙猿を恐れていたからだ。
 だが人はその畏れを上回るものが手に入るとなれば態度を変える。
 リョウがやすやすと情報を引き出すのは色仕掛けをやるからだ。
 けれどリョウは本当の女ではない。
 勿論、女だとしても大変だが、男だとバレた時にリョウは一体どうするつもりなのだろう。
 俺はいつも、相手の男にズダボロにされているリョウの姿を思い浮かべざるを得ない。
 そしてその相手の男に対する奇妙な嫉妬心。
 
「・・・ねぇ所長、最近、上手く眠れないんだ。眠ると必ず、どこかの倉庫で冷凍にされている姫子の夢を見る。」
 そんな風にリョウは、旧リリアルコー日本支社社員との会見の様子を締めくくった。
「考えれば考えるほど沢父谷が失踪したのは、僕に原因があるような気がするんだ。きっと僕と煙猿の因縁のせいなんだよ。」
 リョウの薄い肩が震えている。
「何を馬鹿なことを言ってる。お前、煙猿を見つけたのは、あのDVDが初めてだろうが、、。」
「所長には判らないんだよ。僕のこの感じは、、、とっても怖いんだ、、、。」
 俺は今すぐにでもリョウを抱きしめてやりたい衝動に駆られていた。
 だがそれは叶わないことだ。
 第一、今のリョウは女装さえしていない只のバイトの男子高校生なのだから、、、。

 部屋の中では数回目の「愛するって怖い」のイントロが流れはじめていた。


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