南充浩note:コロナで大手アパレルの発注「一律●●%削減」は画餅に帰す恐れ
今春の新型コロナショックによる長期間の大々的な実店舗休業は、さまざまなアパレルの危機を一挙に顕在化させたといえます。その一つが在庫処分の問題です。従来から売れ残りの在庫は存在していました。供給されている服の半分くらいが売れ残っていると報道されていますが、売れ残り=即廃棄ではありません。廃棄が全くなかったとはいいませんが、半数の売れ残った服が全部廃棄されているというのは誤りであり、どのようにして処分されているのかというのは、また別の機会に書いてみたいと思います。近年のアパレル不振から、業界では供給量が多すぎるのではないかと言われてきましたが、各社ともにあまり改善されてきませんでした。そこに来て新型コロナによる今春の大々的な実店舗休業が襲い掛かったため、供給量の見直し議論が俄然注目されるようになったといえます。今回は在庫と仕入れについて考えてみます。
TSI、三陽商会など2020秋冬の仕入れ大幅削減
売れ残り在庫が増えると、新しい商品を仕入れたり・製造したりすることができません。理由は資金繰りです。物販という事業は、物を売ってお金に換えているわけですから、在庫というのは「寝かせているお金」と同じなのです。在庫が増えすぎるということは「寝ているお金」が増えすぎるということになります。そのため、使えるお金が減るということになります。お金がないと商品を製造することも仕入れることもできなくなります。
今年の春夏商品は今更どうしようもありません。仕入れキャンセルが何社かあったと聞きますが、道義的問題があるため、そうそう何度もできません。2回もやった(と報じられた)アーバンリサーチの方が例外と見るべきでしょう。
そうなると、秋冬商品の仕入れ量・製造量を減らそうということになるのは、ある意味で自然な流れといえます。
TSIホールディングスは、コロナ禍を受けて事業構造改革を加速する。2020-21年秋冬は全社で商品の仕入れを3割削減する。
https://www.wwdjapan.com/articles/1093297
三陽商会は2020-21年秋冬シーズンで、全ブランドの仕入額(下代ベース)を前年同シーズン比50%削減する。
https://www.wwdjapan.com/articles/1084509
という具合に大手総合アパレルは軒並み仕入れを大幅に減らすことを発表しています。
しかし、その一方、どうしてこれまで各アパレルは仕入れや製造量を削減しなかったのかという疑問を抱く方も多いのではないかと思います。
これは小売店での勤務経験のある方ならすぐにわかると思いますし、そういう経験が無い方はなかなか理解できないのではないでしょうか。
その理由は、仕入れ(製造する)商品が多ければ多いほど、店舗の売上高は稼ぎやすいからです。実はここに方程式のような決まったロジックはないのです。
まあ、強いて何点か挙げるとすると、
・色・柄・サイズが豊富にあれば販売の機会損失が減る
・商品のバリエーションが豊富にあるためお客に選んでもらいやすい
・新商品が頻繁に入荷すると店頭を新鮮に見せやすい
・仕入れ額(製造額)以上の売上高を作ることはできない
などの理由が考えられます。
店頭勤務経験のある方にはどれもお分かりいただけるのではないかと思います。
まず、色・柄が何色かあって、SMLの各サイズが豊富にあれば、販売の機会損失を最小限に防ぐことができます。「このTシャツの青色のMサイズはありませんか?」とお客に尋ねられることは店頭では珍しくありません。そのたびに「あります」と答えられれば、販売できる可能性が格段に高まります。「ありません」と答えればほとんどの場合販売につながりません。ですから、色・柄・サイズが豊富にそろうことは売上高を稼ぐことに非常に有効なのです。
商品のバリエーションが多いことも同様です。「丸首は嫌だ」というお客に対してVネック、タートルネック、スクエアネック、モックネックなど様々な商品を提案することができ、そのうちのどれかを買っていただけることになりやすいでしょう。
また常連と呼ばれるお客ほど頻繁に来店されますが、3カ月間も新商品が入荷しておらず、商品ラインナップが変わっていなければ、購入に至る可能性は極めて低くなります。毎日店頭に新商品を並べる必要はありませんが、せめて1か月に1度くらいは新商品が入荷する方が、常連と呼ばれるお客にとっては来店動機につながりますし、購入に至る可能性が高まります。これはネット通販でも同様ではないかと思います。「新商品が入荷しました」というお知らせがないとそのサイトに行かないという人も多いのではないかと思います。
数字だけ見て在庫の「中身」を見ないと判断を誤る
そして、最も当たり前で最も重要なことですが、仕入れ額(製造額)以上の売上高は作ることができないという事実です。100万円の売上高を作りたければ、100万円分の商品が必要だということです。ですから、〇〇億円の売上高を目標にするなら、〇〇億円分の商品が必要になるということです。
一方、在庫を減らすと売上高も減りやすくなります。理由は先ほどと全て逆です。
・色・柄・サイズが欠品していて販売の機会損失が起きる
・商品のバリエーションが豊富にないためお客に選びにくいと思われる
・新商品が頻繁に入荷しないので店頭が新鮮に見えない
です。おわかりでしょうか。そして、仕入れ額(製造額)を減らせば、売上高の減少もそれに連動しやすいのです。○○万円分の商品しか用意できないということは、売上高も○○万円にしかなりません。
ですから、これまでアパレル各社は仕入れ(または製造)の削減には消極的だったのです。
ここで、アパレル不況に加えて新型コロナショックですから、仕入れ・製造削減を叫ぶことも理解できますが、単に帳簿上の数字だけを見て削減してしまうと更なる売上高の低下に見舞われる可能性が極めて高まります。先ほど挙げた大手2社も例外ではありません。
個人的に業界で最も信頼するマーチャンダイザーであるマサ佐藤氏は自身のブログでこう書いています。
MD視点でいうと、何度も言いますが、在庫金額だけ!仕入金額だけ!ばかりに、注視するような仕事をしては、更なる失敗を招く可能性が高まるだけです。売上・粗利・仕入・在庫を一気通貫で見ること。そして、そのことで先の施策を具体的に考えることこそが重要です。
https://msmd.jp/archives/4844
要するに、在庫金額だけを見て「30%多いからその分一律に仕入れを削減しよう」なんてことをやると、全体的な売上高の低下を招きかねません。「売上高の増加=粗利益の増加」では必ずしもありませんが、多くのアパレルはそのような傾向になることが多くある上に、粗利益額はどんなに増加しても売上高を越えることはあり得ません。ですから売上高の急激な低下を招かないことの方が重要である場合が多いといえます。
本来であれば、過去のデータや自店の傾向などを丹念に分析し「このAという商品の仕入れ額は全く減らさず、Bという商品は大幅に減らそう」というような施策が求められるわけです。しかし、個店や小規模チェーン店なら比較的容易な分析ですが、大手チェーンでこれをやるとなるとマーチャンダイジングに相当の精緻さが要求され、その水準に達しているマーチャンダイザーは業界内でも数少ないというのが個人的な感想です。
コンサルタントはともすると、帳簿上の数字だけを見て「在庫が30%多いなら仕入れを30%削減すればいいじゃないか」と安易に提言しがちですが、そのような提言に対しては企業側が再考する必要があるということです。最も危険なのは、それを精査せず鵜呑みにしたまま実態との齟齬を顧みることなく強引にトップダウンで進めてしまうことです。
基本的な考え方が正しくとも、手順や手段を間違えると物事は意図した結果になりにくくなります。
TSIホールディングスや三陽商会が今回掲げた目標が画餅に帰さないことを祈るのみです。(みなみ・みつひろ=フリージャーナリスト)
著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。公式ブログはこちら。