南充浩note:仁義なき消費者の奪い合い…ユニクロ+Jで分かる「価格は需要と供給で決まる」という法則
2020年11月16日、ユニクロがデザイナー、ジル・サンダー氏とのコラボラインである「+J」を9年ぶりに復活させました。2009年秋冬にデビューしてから2011年秋冬まで丸2年間続いたコラボが今秋復活し、発売初日から大変な人気を集めました。早くもメルカリで高値転売されています。その半面、他のアパレル企業の商品は新型コロナウイルス危機下で軒並み苦戦しており、大幅に値下げするブランドも出てきました。今回は、消費者の需要が低迷する中で、「価格は需要と供給によって決まる」という経済の法則について考えてみます。
定価でも飛ぶように売れた「ジル・サンダー」
「+J」は2009年秋のデビュー時も人気が高く初日は取扱店(全店展開ではない)が大賑わいとなりましたが、翌年くらいからは値下げ品も目立つなどトーンダウンし、2011年秋冬アイテムで終了しました。
9年ぶりの復活なので今回も事前から大いに話題となりましたが、発売当日は11年前のデビュー時に比べるとその何倍もの激しい争奪戦が繰り広げられました。各取扱店では開店前から長蛇の行列ができ、例えば、大阪梅田のユニクロOSAKAでは入店できるまでに3時間待ちだったとのことです。
また、発売からたったの3日間で、通販サイトから削除された品番がいくつもあり、秋冬通じて売る予定だった物が3日間で完全消化してしまったと考えられ、その過熱ぶりに驚くほかありません。
商品の価格は、原材料や加工方法の積み上げで決まる場合もありますが、総じては需要と供給のバランスで決まります。いくら高い原材料を使い高い工賃の加工法を施しても、需要が少なくて売れ残りが多いなら値下げするほかありません。また、いくら安い原材料費でも需要が多ければ、最悪は値上がりしてしまいます。
農作物や肉、魚なんかはそれが顕著です。今年のようにサンマが不漁なら、店頭での販売価格は高止まりしたままになりますし、昔のように秋冬になってサンマが大量に採れると店頭の販売価格は安くなります。野菜も肉も同様です。何も今のサンマが美味しくて昔のサンマが不味いわけではありません。単に漁獲量の差でしかありません。
普段は「週末期間限定値引き」でないとユニクロ製品は買わないという人も、9年ぶりに復活した+Jなら定価で買うわけです。何なら早くもメルカリで高値転売されている+Jですら買ってしまうわけです。ですから、いかに需要と供給のバランスが重要かということが理解できるはずです。
値下げやセールは絶対悪にあらず
今春は新型コロナウイルスの感染の拡大によって、全世界的に大々的な営業自粛が起きました。また、11月に入ってまた感染者数が増加しているため、欧米では早くもロックダウンが起き始めました。我が国でもジワリと感染者数が増加しており楽観視が許されない状況になりつつあります。再度の大規模営業自粛が行われるかどうかはわかりませんが、そうなる可能性がゼロではないことを念頭に置くべきでしょう。
例年、3月・4月というのは最も洋服が売れる時期の一つです。そこで大規模休業したため、各社とも売れ行きは低調で在庫がダブついています。そうなると、必然的に値下げをして在庫を売りさばくという行動がとられることとなり、6月からなし崩し的にセールが始まりました。今秋はユニクロ、しまむら、ジーユーが好調、無印良品が堅調、という状況ですが、これまでファッション性の高さで好調だったユナイテッドアローズなどが苦戦に転じています。アダストリアもパッとしません。
こういう状況下では苦戦ブランドは良くて価格維持、状況を積極的に打開するために定価そのものを低く付け直すということも珍しくありません。値上げは絶対にできません。なぜなら、物は安い方が売れやすいからです。「洋服を安く売るのは怪しからん」という半ばイデオロギー的に主張する人も世の中には少なくありませんが、では、売れ残って溢れかえった在庫をどのように売り捌けというのでしょうか?彼らのイデオロギーには常日頃から疑問しか感じません。
来シーズンから仕入れ量を精査して絞りなおすというのはわかりますが、すでに溢れかえっている在庫はいくら温存しておいても定価では売れません。資金繰りを考えるなら値下げでも何でもやって売り捌いてしまう必要があります。
洋服でいうと、ユニクロは現状維持でしょう。売れているので定価を見直す必要もありませんが、以前のように値上げしてしまうとどうなるかわかりません。一方で、無印良品とGAPは大幅な値下げに踏み切りました。
ただし、無印良品とGAPでは置かれた立場がまるで違います。無印良品は全体売上高としては堅調ですが、その堅調は食品の大幅増によって衣料品の減収と客単価の大幅な低下が補填されている状況にあります。特に衣料品の客単価の低下は比較的好調に見えた昨年9月から始まっています。昨年9月が11・1%減、10月が11・2%減、11月が10・2%減、12月が12・0%減、今年1月が11・4%減と大きく前年割れしています。コロナ明けの6月、7月、8月もそれぞれ7・3%減、11・9%減、10・7%減と落ち込んだままになっています。今年10月2日から衣料品72品目を値下げしましたが、これは現状の客単価大幅下落を追認する動きだと見た方が正しく、積極的に価格競争を仕掛けるという性格のものではありません。
価格競争になったら大資本が勝つ
一方のGAPですが、ジーンズが3900~5900円、シャツ2900~3900円と定価を大幅に下げました。しかし、これは米国本国の価格にそろえたという要素が強く、上陸後20年間も続いた日本での定価政策があまりに高すぎ、それゆえに売れ行きが伸ばせなかったことへの反省がようやく顕在化したものだと考えられます。
GAPが上陸後、日本市場で不振で在り続けたのは、
1、 ジーンズが7900~12900円などという定価設定が高すぎたこと
2、 定価が高すぎたために毎シーズン大量に売れ残り、売りさばくために990円くらいにまで大幅値下げを繰り返して、GAPの定価への信頼性が皆無だったため
という2点が大きな原因だと考えられます。
上陸後20年が経過してやっと見直されたということになり、正直なところ遅きに失したと言わねばなりませんが、見直さないよりははるかにマシです。
GAPの定価設定が信頼感を日本市場で得るためには単年度ではとうてい不可能で、最低でも5年くらいは必要になるでしょう。短期的な利益しか考えていない米国本社がどれほど我慢できるかにGAPの浮上はかかっているのではないかと思われます。
いずれにせよ、物が売れなくて停滞しているとき、物の価格は下がりますので、今後も洋服に限らず商品の値下がり傾向は続くことになるでしょう。もし、新型コロナ感染症の特効薬やワクチンが完成すれば、通常の風邪やインフルエンザなどと同様の病気と見なされ、これまでの反動による需要の増大が見込まれますので、それまで各社は我慢の経営が続くことになるでしょう。
そして業界のトップや大手ほど体力がありますから、在庫処分も兼ねて積極的な価格競争を仕掛けて、自社のシェアをさらに高めようという動きが今後さらに活発化するのではないかと考えられます。(みなみ・みつひろ=フリージャーナリスト)
著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。公式ブログはこちら。