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南充浩note: 三陽商会もワールドも…アパレルの過剰在庫をなくす“魔法の杖”はない

新型コロナショックによって今春はほとんどの期間、大都市にある都心型店舗と大型商業施設は休業を余儀なくされました。その結果、春物はほとんど消化できないままに5月下旬から夏物商戦に突入しています。そのため、今秋冬商戦に向けては、アパレル各社や各ブランドは仕入れ数量や生産量を減らす計画を発表しています。メディアの論調からは「過剰在庫問題のツケが噴出した」というニュアンスが感じられるものもありますが、個人的にいうと、春物がほとんど売れずに消化できていないなら、その分の運転資金が足りないため、秋冬商品の仕入れや生産量を減らすことは当たり前の一言に尽きると思っています。今回はこの過剰在庫について考えたいと思います。

やはり値引きやセールは必要不可欠

アパレルの在庫とは「資産」として計上されますが、売れなければ「物」に過ぎません。売れて初めて現金に換わるのです。そのため、春物が売れないということはその分の現金がアパレルの手元にはないということになります。ですから、秋冬商品の供給量を絞ることは極めて当然です。ワールドが仕入れ量を3割減らし、三陽商会は9月以降、当初計画から5割仕入れ額を減らすと明らかにしています。

しかし、ワールドと三陽商会では社内事情や置かれている状況が異なるため、一概に「それ見ろ、過剰在庫だ」とは言えません。ワールドの3割減は、春商戦がすっ飛んでしまったことへの対応でしょう。一方の三陽商会は、大江伸治・新社長が各メディアのインタビューで言及しているように「バーバリー時代の売上高を維持するための無茶な計画に基づいた仕入れ・生産量があった」ことが明らかになっています。
そこに来てのコロナ休業ですから、大幅に減らすことはこれまた極めて当然ながら、ワールドや他の有力アパレルと同列には論じられません。

三陽商会の不振が続くそもそもの根本的原因はバーバリー亡き後の穴埋めが簡単にできると思っていたことに尽きます。「対外的にそういうポーズを取らざるを得なかったのではないか」という意見もありますが、他の有力アパレル各社の現場担当者から聞いたところによると、三陽商会の部長クラスの人にはバーバリーの穴埋めに本気で楽観的な人も多かったと言われていますので、「簡単にできると思っていた」というのは当たらずといえども遠からずではないかと思います。
そういう楽観的な売り上げ計画に基づいているので、まともな経営者なら修正は不可避と考えるのは当然です。

最近、世間の過剰在庫の論調にはちょっと疑問を感じています。大手有力アパレルは本当に4割~5割も売り残して在庫を抱えているのでしょうか?店頭の割引セールやネット通販での最終値引き処分を見ていると、相当そこで消化していると考えられます。2008年頃まではアウトレットモールでの最終処分がほとんどでしたが、今ではネット通販が最終処分場になっていて売り切れるまでネット通販で掲載されていることも珍しくありません。
「値引きセールをしない」ということが眼目であるなら、それは確かに達成できていませんが、こと消化に関していえば、セールを含めるとかなりの割合で消化できていると考えられます。5割も売れ残れば通常の会社なら経営破綻してしまいます。

これは確証がないのですが、4割~5割売れ残るという数字は、有力アパレル・有力ブランドではなく、量販店や格安店で売られているようなノーブランド品ではないかという指摘が業界の一部からはあります。

あと、「値引きセール」を絶対悪のように見なす風潮にも個人的には疑問を感じます。商品計画(MD=マーチャンダイジング)の精度を高めて、売り切れるような企画内容、生産数量、販促計画を立てるというのが理想ですが、年間何百型という商品を企画・投入してすべてを的中させることができる人間がいるでしょうか。どんな名人でも1型や2型は売れ残りが発生してしまうでしょう。それを売り切るためには値引きセールが必要不可欠です。

在庫はサプライチェーン全体で考えるべし

さて、今回のコロナショックをきっかけに「さらに生産・仕入れ数量を絞るべし」という声を聞きますがこれも安易に同調することは個人的にはできません。もちろん、これまでの三陽商会のような売り上げ計画の立て方は論外です。しかし、売り上げ計画を達成するためにはある程度の在庫は必要です。
逆に在庫が少なすぎると売れ行きが鈍ります。「期中生産すればいいじゃないか」という人がいますが、生産のリードタイムは最低でも2週間はかかりますが、海外工場を使うとなると1か月前後は必要になります。それも生地・副資材がすべて事前にそろっていての状態です。

もし、生地や副資材を手配するところから始めるなら3カ月くらいはかかってしまいます。そうなると、季節が変わってしまうので追加生産する意味がなくなります。ですから期中生産なんていうのはそう簡単にはできないのです。

また、糸や生地、染色加工などの製造加工を担当する「川上」は、莫大な生産ロットで動いています。例えば、某大手合繊メーカーの肌着担当者は「10万枚未満の案件はやりたくない」と本音を漏らしていました。デニム生地工場がオリジナルのデニム生地を生産するためには1万メートルくらいのロットが必要になります。さらにいえば、各縫製工場にもそれぞれ生産のミニマムロットが存在します。

これらの業者のミニマムロットをそれぞれ満たさないと商売が成立しませんから、ブランドや店頭が思い描くような「必要な分だけ」というのはほぼ実現できません。小売り機能を持ったアパレルブランドができる自衛策というのは、マーチャンダイジングの精度を高め、本当に必要な数量を見極め、その上で生産のミニマムロットを飲み込み、余った少量を値引きセールで投げ売るということだけでしょう。

最近、「定番商品を数年かけて値引きせずに売り減らせ」という珍妙な意見が見られますが、それはかつてジーンズ専業メーカーやジーンズショップがやっていた手法と同じです。
現在国内ジーンズ専業メーカーやジーンズショップはどうなっていますか? 隆盛を極めていますか? 現在の国内ジーンズメーカー各社やジーンズショップの惨状を見れば、そのやり方が失敗だったということは一目瞭然でしょう。

そんなわけで過剰在庫を抱えないためには、一発逆転できるようなビッグアイデアがあるわけではなく、個々の企業やブランドの性格や顧客に適した方法を見極め、マーチャンダイジングの精度を高め続けて、余った少量を即座に値引きして売り切るという極めて地道な作業しか、解決策がありません。

何事も即座に問題を解決してくれるような「魔法の杖」はこの世に存在しないのです。(みなみ・みつひろ=フリージャーナリスト)

著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。公式ブログはこちら