南充浩note:アパレル過剰在庫で「大量生産」がやり玉に上がる危うさ
この数年間でアパレル業界は過剰在庫の問題がクローズアップされています。それが少々行き過ぎて大量生産・大量販売までもが「絶対悪」のように一部の人からみなされる風潮があります。ですが、大量生産・大量販売は絶対悪ではありません。なぜなら、糸を作る紡績も、生地を作る工程も縫製もすべて「大量生産」が基本になっているからです。ある程度の数量未満で稼働すると採算性が悪く赤字になるばかりか、製品の物性すら安定しないのです。そしてこの、生産するために最低限必要な数量を「ミニマムロット」と呼びます。本稿では生産側からみた過剰在庫の解決策について考えてみます。
その発注量、本当に売りさばけますか?
どうしてミニマムロットが必要なのかというと、紡績機も織機、編み機もすべて一定数量を製造するために作られているので、それ以下の数量だと稼働効率が落ちるのです。また縫製はミシンを動かすのは人間ですが、この人間も一定数量をこなすまでは「手が慣れない」ため、品質が低いのです。
そして一定数量を超えると「手が慣れる」ので、縫製のスピードとクオリティが格段に上昇するのだと、縫製工場経営者はいいます。
悪いのは大量生産ではなく、自社で売りさばけないほどの数量を発注してしまう、アパレルブランド各社の先の見通しの甘さと、マーチャンダイジング(MD)の杜撰さにあるのです。
例えば、2003年にユニクロは初めてヒートテックを販売しましたが、その際150万枚が完売しました。このようにいくら大量生産であっても売り切ることができれば何の問題もないのです。
一方で行き過ぎた大量生産否定論者からは「完全受注生産」が提唱されていますが、糸作り・生地作り・縫製が現在と同様のシステムのままで全ブランドが完全受注生産に移行するのは極めて難しいと言わねばなりません。
完全受注生産と似たような意味合いで使われるのが、新しいデジタルモデルの一つである「マス・カスタマイゼーション」です。
経済産業省のサイトでは、マス・カスタマイゼーションについて、「個々の消費者の好みや体型等のデータに応じた個別の受注と⽣産システムをIoT等のデジタルツールで連携させることで、従来の⼤量⽣産と同様の効率性で、オーダーメイドの⼀点物を⽣産・販売する取組」と説明されています。
この目指すべき方向性について異論はありませんが、実際には糸作りの工程(紡績、撚糸)や生地作りの工程(織布、ニッター)、縫製などの各工程が現状において、これを実現させることはなかなかに難しく、様々な取り組みがありましたが完全に成功したと呼べるものはこれまで存在しません。
ZOZOのPB撤退…マス・カスタマイゼーションの難しさ
例えば、「フルオーダー」との触れ込みで非常に注目を集めたZOZOのPB事業でしたが、赤字を積み上げて撤退となってしまいました。
「フルオーダー」と謳われていましたが、製造関連会社からの情報や、決算報告書において製品在庫額や原材料在庫額が急増したことなどと照らし合わせると、実際のところは各種の細かなサイズ別商品を作り分け積み上げておくという「作り置き」だったと思われ、世間が期待するようなマス・カスタマイゼーションとは程遠いものに終わりました。
製造関連では、島精機製作所のホールガーメント編み機がマス・カスタマイゼーションの一翼を担うと期待されている部分もありますが、これもそこまで世界各国に普及しているとはいえません。
一体成型のセーターが編めると表現されるホールガーメント編み機ですが、そのキモは「一体成型」などではなく、リンキングという工程を省くことができるという点にあります。
セーターは胴体と袖を縫い合わせるのではなく、リンキングという「編み合わせる」作業によって接続しています。リンキングは通常のミシンではなく、非常に細い針と糸を使って編み合わせるという作業で、熟練の技が要求されるのに対して、地味で工賃も安いという割に合わない工程です。
しかも、細い針と糸を使って眼を酷使するため、工員は早くに視力を悪くしてしまうという“副作用”まで生じてしまいます。このため、国内のリンキング工場は後継者不足で廃業が相次ぎ、年々その数を減らしています。
また、経済発展した中国でもリンキング工場は同様の理由でその数を減らしているといわれています。リンキングが無くなってもセーターが生産できるように開発されたのがホールガーメントなのです。
しかし、ホールガーメントが普及しにくい理由は主に2つあると考えられます。
1、 編み機が高額なこと
2、 コンピューターのプログラムで編み機を稼働させるが、そのプログラム作りが難しいこと
ここを解決しない限りは、なかなか各国の工場で大幅に導入されることは難しいでしょう。
アディダスのインダストリー4.0も途半ば
また、服とスニーカーという点では商材は異なりますが、マス・カスタマイゼーションの目玉と目されていたアディダスのインダストリー4.0工場がたった2年で撤退してしまっています。
2016年5月25日の日経新聞の記事です。
スポーツ用品世界2位の独アディダスは24日、2017年からドイツ国内でロボットによる靴の大量生産を始めると発表した。アディダスは1993年に国内の靴生産から撤退しており、24年ぶりに国内に回帰する。
本社のある独南部バイエルン州に「スピードファクトリー」を設置、試験的に500足の小規模産を始めていた。数百万足単位を効率よく生産するめどがつき、半年あまりで大量生産への移行を決めた。18年には米国でも同様に大量生産を始める計画だ。
とのことでしたが、2019年後半には敢え無く撤退を発表しています。こちらは2019年11月12日のWWDジャパンの記事です。
独アディダス(ADIDAS)は11月11日、本社近くのドイツ・アンスバッハと米国アトランタにある最新鋭工場“スピードファクトリー(SPEEDFACTORY)”での生産を、2020年までに終了すると発表した。
スピードファクトリーは自動化と生産設備のIoT(モノのインターネット化)を軸に短時間で超多品種生産を行うマスカスタマイズ生産をコンセプトにしており、ドイツや米国など消費地の近くに工場を構え、日本に工場を作る計画もあった。アディダスは「多種多様なアイテムを短時間で生産できるスピードファクトリーの設備はアジアの2つのサプライヤーに移管する。アディダスは引き続き4Dテクノロジーを活用した生産に取り組む」としているが、IoTを軸に超多品種のアイテムを生産する”インダストリー4.0”構想は後退する。
とあり、事実上、ドイツと米国での生産は終了し、日本での生産計画も水泡に帰したということです。このことについて、
アディダスのマルティン・シャンクランド取締役グローバル生産担当は「われわれはスピードファクトリーを通して短時間のマスカスタマイズ生産を実現してきた。ただサプライヤーにその設備を組み合わせた方が、柔軟かつ経済的に生産できることが分かった」とコメントを発表している。
とのことですが、コメントの前半にある「われわれはスピードファクトリーを通して短時間のマスカスタマイズ生産を実現してきた」という部分は欧米人や中国人にありがちな自画自賛のポーズに過ぎず、後半の「サプライヤーにその設備を組み合わせた方が、柔軟かつ経済的に生産できることが分かった」というのが本当の理由でありポイントでしょう。
要するにドイツ生産やアメリカ生産は経済的ではなかったということです。
経済性を伴う仕組みが必要
その後、アディダスのインダストリー4.0の続報は新型コロナ騒動もありさっぱり聞こえてきませんので、個人的にはこのまま立ち消えになると見ていますが、どうでしょうか。
マス・カスタマイゼーションという考え方は理解できますし、それへの挑戦も重要なことですが、現状では成功している取り組みがありません。
IT関連の人や意識高い系の人たちが寄せる多大な期待にはすぐさま応えられるような取り組みは今のところ存在しません。将来的には実用可能になるのかもしれませんが、それには長い時間がかかるのではないでしょうか。
結局のところ、マス・カスタマイゼーションと鼻息を荒くしてみたところで、アディダスの事例やホールガーメントの事例でも見たように「経済性」が伴わない取り組みは実用化することはできません。
また「経済性」という観点で見るなら、洋服ブランドがいくら「完全受注生産」とぶち上げたところで、その洋服生産を支えている縫製工場、生地工場、紡績などの各工程は大量生産が前提の仕組みと機械で動いているため、ミニマムロットという前提が必要となります。
ですから、洋服ブランドだけが完全受注生産とかフルオーダーと謳ったところで、原料やその生産背景は大量生産の仕組みによって動いており、その手の取り組みは大量生産システムによって成り立っているということに過ぎません。
アパレルの過剰在庫を解消する鍵は、MDの精度を高めることと、前年比増の売り上げ計画を見直すことでしか、今のところ解決するすべはありません。(みなみ・みつひろ=フリージャーナリスト)
著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。公式ブログはこちら。