【レポート】Gapジャパンの値下げは在庫の現金化に続く粗利改善への道
先日2020年12月17日、ジーユーをはじめとした小売大手の相次ぐ値下げに関するフルカイテン作成のレポート全文を紹介する記事を掲載しました。今回は、本年9月に同じくフルカイテンが公表したGapジャパンの一連の在庫現金化と定価切り下げの取り組みに関するレポート全文を紹介します。
2020年2~7月は在庫の現金化を最優先
コロナ禍によって小売業は店舗の固定費と過剰な在庫がクローズアップされた。このうち店舗については国内外の各社が不採算店の閉鎖を含む統廃合に乗り出している。在庫過多をめぐっても、各社が三者三様の対策を打っており、本稿ではギャップ社の一連の取り組みをみていく。
ギャップ社の2020年度上半期(2~7月)は売上高が53.8億ドルにとどまり、前年同期(77.1億ドル)と比べ30.2%減少した。その半面、2020年度上半期末の棚卸資産(在庫)は22.4億ドルで、2019年度上半期末(23.2億ドル)と比較すると3.6%減っている(次のグラフ)。
※GMROI(商品投下資本粗利益率):小売業などの在庫ビジネスにおいて、保有する在庫を用いて効率的に粗利(売上総利益)を上げる力、つまり「どれだけの在庫で、どれだけの粗利を確保したか」を表す指標。(粗利額) ÷ (期中平均在庫高)で求められる
売上高が前年比3割も減っているのに在庫額がほぼ変わっていない要因は、下半期に販売する秋冬物の仕入れを抑制したからというよりも、春夏物を従来にも増して大幅に値引きして販売し、在庫を現金に換えることを優先したことが大きいと推察される。
その証拠に、2020年上半期の原価率は73.7%(前年同期は62.4%)に達しており、値下げの影響が大きかったことが窺える。
ただ、コロナ禍のような短期間に需要が消失する有事において企業に最も必要なのは当座の現金の確保だ。そのために採算を悪化させてでも在庫を現金化したギャップ社の判断は必ずしも間違っているとは言えない。
むしろ、採算を一時的に悪化させてでも、現在の有事を乗り越えた先の“アフターコロナ”を見据えた成長軌道に乗るための準備を実行したといえる。
少ない在庫で粗利を稼ぐ力は2017年度がピーク
ギャップ社のグローバルの売上高はここ数年、160億ドル(現行レートで1兆6854億円)前後で推移している。原価率は61~63%台を保ってきた(次のグラフ)。
ちなみにファーストリテイリングの連結売上高は2兆2905億円、原価率は51.1%(2019年8月期)。ZARAなどを展開するインディテックスは売上高282億ユーロ(現行レートで3兆5328億円)、原価率は44.1%(2020年1月期)だった。
ギャップ社は在庫高が徐々に増えており、2019年度末は2016年度末と比べ17.8%、金額にして3.2億ドル増加した。これに対し、2016~2019年度の売上高の伸びは5.6%にとどまっていることから、GMROIは徐々に悪化している(次のグラフ)。
GMROIは2017年度の3.17をピークに低下傾向にあったところにコロナ危機が直撃。2020年上半期は0.64に落ち込んだ。ただ、この急激な悪化は、採算よりも在庫削減を優先した一時的かつ意図的なものだ。
このためギャップ社は、2020年春夏物の在庫の現金化を最優先したうえで、2020年秋冬商戦から粗利の改善に取り組むという2段階の取り組みに乗り出したとみられる。
つまり、本年8月下旬から日本を含むアジアで始めた全商品の3~4割値下げは、粗利改善に向けた打ち手だと本稿はみる。
全商品3~4割値下げで「フェアな価格設定」目指す
ギャップ社は本年8月下旬からアジアにおいて商品価格を3~4割下げ、常態化していたセールを控える方針に転換した。
ギャップジャパンは8月14日付プレスリリースで、価格一新について「着⼼地のよい良質な商品を、⼼地よい価格で、そして最善のサービスとともにお客様にお届けする」と表明している。マシュー・コリン社長は、有力ファッション専門紙WWDジャパンの取材に以下のように答えている(電子版2020年8月27日)。
「値引きのプロモーションは今後は縮小する。今日も明日も同じ価格だ。お客さまには新しい価格になじんでもらって、値引きを心配することなくいつでも安心して商品を購入していただきたい」
「実際のところはこれまでも適正価格は明確であったし、それは競合ブランドの販売価格ともほぼ同じだった。しかし、以前はその価格がセールでの値引き後の価格だった。今後は最初からその価格を打ち出す。アイテムやカテゴリーによって値下げ幅は異なるが、全体的におおよそ3~4割値下げする」
確かに、お客にとっては、定価あるいは定価に近い価格で購入した後、シーズン末期でもないのに同じ商品が何割も値下げされていたら、そのブランドの価格設定への信用は大きく揺らぐ。GAPをよく利用する人は不公平感から次第に定価で購入しなくなるだろう。
こうした流れが定着すると、顧客に「値下げ」に対する耐性が付く。すると、少しくらいの値下げでは購入されなくなって想定どおりに在庫を消化できなくなり、最終的に商品原価並みの底値まで値下げせざるを得なくなる恐れが高まる。
このためギャップ社はコロナ禍を契機として、セールでの値引き後の価格を、商品の投入当初から付けることで、商品価格をフェア(公正)にすることを狙った。
この戦略の成否のカギを次章で探ってみる。
価格一新は在庫高を減らせるか否かがカギ
今般のコロナ禍のように需要が大きく消失する環境において、小売企業が売上ばかり追求すると、過度な価格競争に陥って原価率が上がり、利益率が悪化する。こうした採算悪化はキャッシュフローの悪化に直結する。
少なくとも国内市場は2030年には人口の3分の1が高齢者になり、その後およそ50年にわたり毎年100万人近くの人口減少が続く。現役世代では既に収入減と消費支出の減少が起きており、社会保障費の負担増も相まって需要消失が定着していくのが確実だ。
このような縮小市場においては、拡大市場と違って売上ではなく粗利を追いかけるのが定石だ。
粗利を決める原価率は商品原価と値引き、商品評価損(評価減)の3つで決まる。この3つのうち商品原価は変わらないので、粗利が減る理由は値引き販売と評価減の2つだ。
グローバルSPAであるギャップ社は毎季、商品を大量に生産する。商品原価を下げるために生産量を増やすと、単位当たり商品原価は下がるが、売れ残りも増える。
下図のように、販売力を超えて大量発注することで商品原価を抑えれば、上代(売価)を値下げしてもそれなりの粗利が出ているように見える。裏を返せば、在庫が増えて値引きをしても、値引きによる粗利喪失はPLからは見えにくい(図では既に@$20 × 50個=$1000の粗利が失われている)。
ところが、売れ残った在庫(棚卸資産)は陳腐化による評価減が不可避となる。在庫の価値は毎年下がっていくためだ。
上図の例でいえば、$5000の在庫は翌期も$5000の価値があるとはみなされない(下図)。
そして、評価減はPL上に「(商品)評価損」という費用として現れ、粗利を減少させる。
以上をギャップ社の新たな価格戦略に当てはめて考えると、成功のための条件が見えてくる。
1.さらなる値引きを最小限に抑える
2.評価減を最小限に抑えるために在庫を減らす
実際に、ギャップジャパンのコリン社長は「シーズン末や大型連休などにはセールは行うが、これまでより縮小し、値引き幅も従来よりも狭める」(WWDジャパン電子版2020年8月27日)と述べている。
第3章で述べたようにギャップ社は全世界的に在庫を減らす取り組みを既に行っているが、今回の価格戦略でさらなる値引きを最小限に抑えながらきっちりと在庫を売り減らし、在庫が積み上がる事態を避けることに成功すれば、評価減の発生も最小限に抑えられ、粗利増加の道筋が見えるようになる。
それができれば粗利第一経営への変革を目的としたビジネスモデルの改革は成功したと言えるはずだ。
※ギャップ社(Gap Inc.)が採用するUSGAAP(米国会計基準)では、商品評価損は売上原価に含む場合とその他の費用に計上する場合の2通りがある。いずれにしても当期純利益に影響する
まとめ:縮小市場における粗利経営のモデルケースに
ギャップ社の一連の在庫削減と価格一新という戦略が難しい舵取りであることは間違いない。しかしながら、ビジネスに簡単なチャレンジなどないのだから、縮小市場である日本で先陣を切る形で始まった、この粗利第一経営の実現に向けた取り組みが成功することを祈りたい。
なぜなら、ギャップ社の今回の取り組みは、アパレル企業のみならず日本の小売業界全体のビジネスのあり方に大いに参考となるケースであり、成否を注視していく必要があると考えるからだ。
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