記事-シロナガスクジラ

シロナガスクジラ7万5千頭をどう利用する? から余剰在庫を考えてみた

シロナガスクジラが地球上に7万5千頭いる。市場価格は1頭1万ドルで、捕獲数が年間2千頭までなら数を維持しながら捕鯨を続けられる。この条件下でどのようにクジラ資源を活用すると最も効率よい投資になるだろうか。
最近およそ1ヵ月の間に、筆者はこの命題を2度目にした。短期的利益を重視する旧来の金融と、持続可能な企業活動のせめぎ合いをめぐってだ。そこで、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資と企業の成長について、「在庫問題」を交えて考えてみた。(南昇平)

根こそぎ捕鯨して売却した方が儲かる

冒頭の命題では、多くの人が年間2千頭を上限に捕鯨を行うと考えるのではないだろうか。それ以上捕りすぎると生息数が減っていくからだ。

将来にわたり持続可能な捕鯨を行おうとすると、
 2,000頭×10,000ドル=2,000万ドル

しかし、金融の世界では正解は異なる。もっと効率の良い方法があるのだ。それは、7万5千頭全てを今年捕獲してしまい、売却して得られた収入を年利5%で運用するというものだ(出漁や鯨肉の保管にかかるコストは度外視)。

現在の利益を最大化しようとすると、
 75,000頭×10,000ドル×5%=3,750万ドル

クジラのような自然資本が再生産される速度は、投資の期待リターンや市場金利と比べて圧倒的に低いのだから、こうなるのは当然だ。しかし、捕鯨反対派でなくとも、違和感を覚える人は多いのではないだろうか。かくいう筆者も金融理論に妙に感心しつつも首を傾げてしまった。

原典は英国の学者コリン・クラーク氏の『数理生態経済学』。数十年前にクラーク氏が提起したこの設例が引用されているのを、筆者は最近2度も目にした。持続可能性に配慮した企業活動と投資の機運が高まっている証しだろう。

最初は1月30日、大阪市で開催されたSDGsセミナーでの日本政策投資銀行執行役員の竹ケ原啓介氏による講演。金融市場は長らく、環境効率を重視して持続可能な発展を選択する企業よりも、現在高収益を上げている企業を優遇してきた。しかし竹ケ原氏によれば、2010年代以降、企業の非財務情報(ESG情報)を投資判断に際して重要な情報と位置付ける投資家が増えているという。

2度目は3月5日付け日経新聞朝刊に掲載された当紙コメンテーター上杉素直氏の大型コラムだ。記事で上杉氏は「環境や社会の持続可能性に配慮した投資や融資が広がり、金融のあり方に欠かせない大事な価値観の1つとはっきりみなされ始めた」と説いている。全く同感だ。

ESG投資は欧米で先行している。2014年の時点でESG関連の投資残高は欧州が9兆8850億ユーロ、米国は6兆5720億ドル。いっぽうの日本はわずか8400億円で、千倍の開きがあった。2018年は欧州11兆450億ユーロ、米国12兆3060億ドルに対し日本は232兆円と驚異の伸びを見せているが、米欧と比べ桁がまだ1つ少ない。

記事-シロナガスクジラ-グラフ

それでも日本でESG投資は今後も加速度的に増えていくのは間違いない。ビジネスモデルの持続可能性が投資家・金融機関の投融資の判断材料として重みを増す流れは不可逆だからだ。
シロナガスクジラの例でいえば、毎年2千頭捕獲する方が期待リターンは小さくてもマーケットから評価され、投融資をより受けられるようになるということだ。

冒頭の違和感がやっと払拭された(個人的には捕鯨は国際的にもっと認められるべきだとは思う)。

中小の「過剰在庫」もESG経営と無縁ではない

ESG投資は大企業や上場企業に限った話ではない。前出の竹ケ原氏は「中堅・中小企業と地域金融機関との関係にも当てはまる」と指摘する。中堅・中小も上場企業のサプライチェーンに連なっているうえ、自社を取り巻く環境が持続可能でなければ企業としての存続もおぼつかないからだ。
最近では、児童労働をめぐってこんな記事があった。

筆者も企業規模に関係なくESG経営が広まることを期待する。

そして、在庫過多と商品廃棄が特に問題になっているアパレル産業では、2019年夏ごろから「サステイナビリティ」の掛け声をよく聞くようになった。ただ、業界紙やSNSで見られる各社の「サステイナブル」な動きは、

・リサイクルされた素材を原材料に使う
・地球環境への負荷が小さい素材を用いる
・不要になった衣服をリユースする

といった内容が目立つ。
しかし、こうした衣服でも、売れ残ってしまったら全くサステイナブルではない。「市場に出回る衣料品の約半分は売れ残り、一度も着られない」といわれる当業界において、過剰生産と在庫過多を是正しない限り根本的な解決策にはならないと思うのは筆者だけだろうか。

一方で、過剰生産・過剰在庫はサプライチェーンに深く根差した構造的な課題であり、現実的な解決策が無いのも事実。そんななか、筆者が腹落ちした記事が繊研新聞(本年3月3日付)に載っていたので紹介したい。

過剰在庫の解決策_繊研新聞「視点」_20200303

「過剰在庫の解決策」というタイトルのコラムで、「アパレル業界は見込み生産と品揃え販売の複合型なので、過剰在庫の解決は難しい」と指摘。「受注生産する方式にでも変わらなければ流通在庫と店頭在庫は減らないが、海外の生産基盤に委託していてはこの方式の構築は困難。現実的な解決法を模索するしかない」と述べている。

短いコラムで、署名も「(浅)」としか表記されていないが、専門紙の記者が取材を続けるなかで感じた“本音”が垣間見えて面白かった(一般記事として大きく載せたらハレーションが起きていたのではないか)。

では、現実的な解決策とは何か。記事では「在庫機能をもつ卸売業、つまり問屋からの仕入れを利用すること」を挙げている。問屋は在庫コントロール能力が高いというのがその理由だ。
「問屋機能」ということでいえば、奇しくもターンアラウンドマネジャー河合拓氏が本年3月9日、ダイヤモンド・リテイルメディアオンラインに、日本のアパレル業界におけるデジタル戦略で商社が重要な役割を果たすという趣旨のコラムを寄稿している。

河合氏は記事で、日本企業は業務フローが欧米企業ほど標準化されておらず、個社ごとにバラつきがあることから、中小アパレルを束ねる商社がデジタル投資を行ってサプライチェーンの下流にあるアパレルやリテーラーの商品競争力を高める支援をすべきだと説いている。中小は投資余力に乏しいため、河合氏の主張にはそれなりに説得力がある(SaaSなら初期費用は少なくて済むのにSIerに頼りがち、という問題は稿を改めて考えたい)。

しかし、ここで1つ疑問が出てくる。今度は問屋・商社に過剰在庫が生じるではないか、と。仮に問屋・商社も在庫を持つことを避けたら、さらに上工程のメーカーやOEM・ODM業者に在庫リスクが押し付けられることにならないだろうか。

「今ある在庫」で売上を増やせば在庫が減るという考え方

そこでZaikology Newsは、「今ある在庫」で売上を増やし、その結果、在庫が減っていくという新しい概念を提唱したい。
ファッション産業を例にとると、従来はトレンドや需要を予測して在庫量を決め、ヒット商品を生み出すために商品の種類を増やしてきた。しかし、モノが売れなくなった現在、こうした手法では過剰在庫は解消されない。

・予測は当たらない。AIによる予測でも結構外れる
・売上は増えはするが、商品が大量に売れ残る
・セールを繰り返し利益率が低迷。人も消耗する

多くの会社でむしろこういった事態が起きているのではないだろうか。売上増加も在庫削減も予測頼みにもかかわらず、その予測精度の向上が非常に難しいため、実現性が極めて低いのが原因だ。

これに対し、Zaikology Newsが提唱する新アプローチでは、以下のように考え、実行する。

・ 「今ある在庫」の中から、まだまだ売れる商品を見つける
・ 「今ある在庫」を使い、単価を上げる
・ 「今ある在庫」のうち、どの商品を補充すべきか見極める

予測精度は高が知れており、トレンド・需要の予測に労力と資金を費やすよりも、発注して仕入れてしまった商品をいかに売り切るかを考える方がはるかに建設的だと筆者は考える。やみくもに在庫を積まなくても売上を増やす方法はあるのだ。
モノが売れない時代にあっても、アパレルというのは消費者を楽しませる産業であり、成長は可能であると多くの専門家が口を揃える。上記3つを繰り返していけば、売上を増やすと同時に適量発注、適量販売につながるはずだ。
そして、そうした手法をとる企業が増えれば、適量生産へ向かうだろう。

Zaikology Newsは、この新アプローチをIEM(Inventory Execution Management=在庫実行管理)と呼んでいる。今後も随時、在庫問題にかかわる話題や企業の取り組みをIEMと関連づけながら紹介していきたい。