南充浩note:「新疆綿問題」は解決しない…ユニクロ、無印は身動き取れず
どの分野も常に様々な問題が生じているのですが、繊維・アパレル業界でも様々な問題が常に生じています。米中対立による「新疆綿」問題もその一つだといえます。新疆綿問題について考える場合、いつものように単にビジネスの分析では不可能で、政治思想に踏み込まざるを得ません。そのため、今回は少し様子が異なる記事になりますが、ご了承ください。
想定内だった「ノーコメント」貫徹
中華人民共和国が新疆ウイグル自治区でウイグル人を虐待しているという指摘がアメリカ、EUからなされました。ウイグル人の人権を著しく抑圧しているため、その地域で栽培された新疆綿を欧米から排除しようということです。これを受けて昨年8月~9月にH&Mやパタゴニアは新疆綿の不使用を決定しました。一方、日本国内ではユニクロ、無印良品の動向が注目されていましたが、ユニクロは「ノーコメント」、無印良品は「法令または弊社の行動規範に対する重大な違反は確認していない」とコメントを出すことで事実上黙認し、両ブランドともに中国側に立っています。
この問題に対して、実は筆者はユニクロがコメントを発表する前に夕刊フジから電話取材を受け、「恐らくユニクロは中国寄りのコメントを発表するでしょう」と答えました。理由はユニクロというブランド全体の中国市場での売上高の大きさです。売上高が大きいゆえに捨てることができないことは最初から分かり切っていました。
先日発表されたファーストリテイリングの2021年8月期第2四半期決算では、国内ユニクロ事業売上高が4925億6800万円で、全売上高に対する構成比が40・9%、グレーターチャイナ(中華圏)のユニクロ事業売上高が3108億700万円で、構成比25・8%を占めています。このほかのユニクロの海外事業は「その他アジア・オセアニア」と「北米・欧州」というくくりになっている割にはそれぞれの売上高はさほど大きくなく、それぞれ1100億3200万円(構成比9・1%)、1009億8600万円(構成比8・4%)となっています。たくさんの国々を合わせてもグレーターチャイナの売上高に及ばないのです。個人的にはファーストリテイリングのいうところの「グレーターチャイナ」には中国本土と香港に加えて台湾が含まれていて、中華民国政府である台湾をここに含むのはいかがなものかと思いますが、まあ台湾を除いても売上高はそれほど大きく減らないだろうと考えられます。
ファーストリテイリングが昨年からの新型コロナ感染症パニックにもかかわらず、売上高を大きく伸ばすことができたのは国内ユニクロ事業とグレーターチャイナユニクロ事業が伸びた結果であり、新型コロナ感染症の被害が比較的軽微であった日本とグレーターチャイナでの事業展開をメインとしていたからです。一方、コロナ被害が甚大だった「北米・欧州」は売上高を落としていますし、ユニクロ事業における構成比はもとから低かったことが幸いしました。ですから、ユニクロが中国市場を切り捨てることなど最初からできないのです。ましてや2012年に起きた中国内での反日暴動の際にも、ファーストリテイリングはいち早く、暴動民に迎合すると取られかねない行動をしており、柳井正会長兼社長が以前から常に日本に批判的で中国・韓国には寛容な態度を示していたことを考え合わせると、新疆綿問題でも「ノーコメント」とするのは、想定内でした。
ネット上から消し去れたH&Mは依存度低い
無印良品を展開する良品計画は中国市場だけの売上高は公表していませんが、日経新聞などの過去の報道によると構成比として約2割だといいます。また、中国を含めた東アジアは2021年8月期第2四半期決算では402店舗あります。一方国内店舗数は443店舗となっており、東アジアと国内では店舗数はほとんど変わらないのです。この東アジアの中で相当な割合を占めると考えられる中国市場を捨てることはできないのです。
H&Mは2020年11月期連結で見てみると、中国の売上高は日本よりも大きく馬鹿にはできませんがトップであるドイツ、2位のアメリカに比べると半分くらいで、英国の方がまだ大きく、フランスと同じくらいです。
ドイツは296億8400万スウェーデンクローナ(約3562億800万円)。アメリカ合衆国は208億200万スウェーデンクローナ(約2496億2400万円)。中国は97億4800万スウェーデンクローナ(約1169億7600万円)で日本は売上高が43億3300万スウェーデンクローナ(約519億9600万円)となっており、日本の2倍ですが、ドイツとアメリカの半分くらいであることに加え、英国は14億8600万スウェーデンクローナ(約1378億3200万円)、フランスもほぼ中国と同じ売上高があるため、中国市場の売り上げ構成比が低くないとはいえ、主要販売国は明らかにアジアではなく欧米なのです。ですから、二者択一を迫られた際には中国市場を切り捨てるという選択肢も取りやすいのです。
パタゴニアに関しては売上高どうのこうのではないでしょう(笑)。このブランドは常に政治思想的イデオロギーを色濃く打ち出して動いていますから。
要するにパタゴニアを除いて中国市場から最悪撤退させられても構わないという姿勢を取れるのは、自社の売り上げ構成で依存度が高いか低いかの差によるところと、経営者の政治思想によるところが大きいといえます。
ウイグル綿だけを排除するのはほぼ不可能
一方で、新疆綿に関して言えば、アパレル各社の中国市場での販売だけでなく、世界的な衣料品の生産についても影響を及ぼしかねません。中国は綿花の生産地の一つでもあるからです。
WWDジャパンで「新疆綿」の大き過ぎる存在感 不使用ならアパレル生産は大混乱か」という記事が公開されていました。
新疆綿は綿製品の原料である綿花の一品種を指しているため、特定の綿製品の扱いをやめればいいだけのように思えるが、実際には「中国で生産される綿花のうち、実に90〜95%が新彊綿で、実際には中国で生産される衣服の大半に新疆綿が使われている。現実問題、多くのアパレル企業が新疆綿を使わないということは非常に難しい」(商社関係者)ことが、事態をより複雑にさせている。衣料品の約7割を中国生産に依存する日本は難しい局面に立たされることになる。
上記のような指摘があります。そして、
ドイツの調査会社スタティスタ(STATISTA)社によると、中国で生産される綿花は年間で590万トンに達し、642万トンを生産するインドに次いで世界第2位。世界シェアは25〜30%に達する、世界有数の綿花生産国になる。ただ、「基本的に中国国内で生産される綿花はほぼ全量を政府が買い上げている。買い上げる金額が国際相場よりも高く、しかも(通常の綿花のように)国際相場によって変動しないため、綿花が海外に出回ることはほぼない」(綿花トレーダー)。それでも世界最大のアパレル生産国である中国では、それだけでは綿糸生産を賄いきれないため、世界最大の綿花輸出国である米国からも綿花を大量に輸入している。
国産の綿花、つまり新疆綿自体の輸出は行っていないものの、政府が買い上げた綿花は中国の紡績メーカーが購入し、紡績した上で糸や生地、あるいはアパレル製品などになり、中国国内だけでなく、世界中のアパレルに供給している。ある商社関係者は「数字を分析すると、中国国内で消費される分を除いても、世界で出回っている綿製品の8%ほどは新疆綿が使われていることになる」(綿花トレーダー)と指摘する。8%は少ないようにも聞こえるが、「実際に1着の服を取り上げても、さまざまな素材やパーツで成り立っており、一部のアイテムを除き、中国で生産された服の大半に新疆綿が使われていると考えるのが自然」(商社関係者)という。
という状況にあります。
ですから、日本だけのことを考えても、また世界全体の綿糸生産、綿布生産、洋服生産のことを考えて簡単に切り捨てるわけにはいかないともいえます。
唯々諾々は禁物ではないか
ですが、それを理由として中国に譲歩するのは我が国にとっても欧米諸国にとっても得策ではないと考えます。2012年の反日暴動の際、中国はレアアースの輸出を禁止しました。日本に譲歩を迫るためで、その際、譲歩やむなしという親中メディアの論調があったことを筆者は記憶しています。しかし、中国以外の国からの輸出やレアアースを必要としない技術開発を短期間に行った結果、中国は逆にレアアースの売り先に困り、日本への輸出が再開されたことを忘れてはなりません。中国という国はいつもそうで、強い態度で押し返した場合、自国産業にもブーメランのようにダメージを食らって折れるのです。今回の新疆綿も同様で、様々な代替措置を講ずればソフトランディングすることは不可能ではないと個人的には見ています。
また、販売先としての中国市場の重要度はたしかに大きなものがあります。日本国内にも世界的にも中国経済への評価は賛否が分かれるところです。ただ、賛成派がいうほどには中国経済が重要かつ好調とは個人的には思えないところです。理由は、中国国内に進出した企業は必ず現地企業と合弁という形を取らされるだけでなく、利益を本国に送ることはほとんどできません。となると、中国国内の経済だけを活性化させるためとしか思えず、自分のような人間からすると何のために進出するのかまったく理解できません。
また、〇〇十年後には中国のGDPが米国を抜いて世界一位になると予測する人がいますが、本当でしょうか?〇〇十年後まで好調さが続く国が歴史上あったでしょうか?日本だって80年代には〇〇十年後にはGDPが世界一になると言われていたのです。
最後に現在の米中対立についても見方が分かれています。米国が中国に歩み寄るだろうと考える人も多いのですが、筆者にはどうしてもそう思えません。米国はGDP2位の国が自国のGDPの半分を越えるくらいになると猛烈に叩いて追い落とすという性質が昔からあります。70年代はソ連、80年代の標的は日本でした。2020年代の標的は中国なのです。中国の人口の多さガーという人がいますが、恐らくは同じくらいの人口を持ち、これから経済発展するであろうインドの市場で代替できると米国は考えているのではないかと思います。
米中対立はどちらが勝つのかは同時代人としてはわかりません。米国が勝つだろうと見ていますが、勝負は何が起きるかわかりません。ですから中国が勝つ可能性もあるのですが、例えば天安門事件をなかったと抗弁するような中国政府、アリババの創業者を一時的に拘束したといわれアリババを解体しつつある中国政府よりは、まだ米国政府の方がマシだと思いますので、米中対立では、日本は常に米国に味方する方策を取るべきだと個人的には考えています。(みなみ・みつひろ=フリージャーナリスト)
著者プロフィール
1970年生まれ。繊維業界紙記者としてジーンズ業界のほか紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 退職後は量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。公式ブログはこちら。