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もはや「資産」ではなく「リスク」…在庫は不適切会計・粉飾の温床

「優秀な営業は、期末に在庫をたくさん抱かすことができる」。在庫を“抱かせる”とは、決算時に在庫を減らすため、親密な取引先に一時的に在庫を押し込み、売上を立てることを指すが、新型コロナウイルス危機でこうした在庫評価に注目が集まっている。小売業界の中でも特にアパレル企業は2020年春夏物の販売機会が失われ、キャッシュフロー(資金繰り)が急速に悪化。同時に売れ残った在庫(滞留在庫)が積み上がっている。在庫が積み上がると、キャッシュが戻ってこないだけでなく、在庫評価損という形で業績に響く。今回は、在庫というものを会計的視点から捉え、在庫がいかに企業経営にとって「リスク」であるかを考えてみる。(南昇平)

在庫評価には恣意性が付きもの

在庫評価損とは、商品・製品の取得原価(簿価)と時価(実勢価格)とを比較し、簿価が時価を下回るときは、簿価を時価まで切り下げるとともに、差額を当期の損失として認識するものだ。

例えば、2019年度に700円で仕入れて1000円で売るつもりの商品Aが売れ残った場合、19年度末の貸借対照表(BS)には在庫として簿価700円で記載される。
しかし、商品Aの時価が400円に下がった(つまり、400円でしか売れなさそうになった)場合、次のような会計処理を行う。

700円 -  400円 = 300円
       ↓      ↓
      BS記載    評価損

19年度末のBS記載額は700円ではなく400円となり、差額の300円は損失として19年度の損益計算書(PL)に記載する。
要は、損失を2020年度へ先送りさせないということで、その代わり、20年度には簿価400円のものを400円で売るわけなので、損失は発生しない。

ただ、この評価損は強制ではなく任意適用だ。だから、在庫の価値が下がったとしても、取得原価のままBSに記載しても良いことになっている。
ところが、時価が取得原価より著しく下落したときは、回復する見込みがあると認められる場合を除いて(回復する見込みがない場合と不明な場合)、評価損を計上しなければならない。

もっとも、時価が「著しく下落し、回復する見込みがない」か否かは、その会社の決算時点の判断に委ねられる。そこには当然、恣意性が介在する余地がある。

アパレル産業のようなトレンドの移り変わりが速い業種だと、売れ残った在庫は陳腐化しやすく、評価損リスクも大きくなる。
これは、電子デバイスを扱う電機メーカーも同様だ。先日、筆者が新聞記者をしていた頃に付き合いのあった大手電機メーカーの元広報マンと会った際、こんな話を聞きいた。

「人によって押し込むことができる在庫量は違う」

どういうことかというと、冒頭の「抱かす」と同じ意味だ。

キャッシュフロー改善の天敵

通常、電子デバイスメーカーとエンドユーザー企業との間にはデバイスを専門に扱う商社が介在する。先述の大手電機メーカーS社は数年前に経営危機に陥ったが、そのころ親密先のデバイス商社E社の在庫(棚卸資産)が前期末と比べて不自然なほど増加したことがあった。その直後のE社の四半期決算では、在庫は前年同期と同程度の水準に戻っていた。

また、S社はこの決算期、台湾の取引先が倒産して売掛金が焦げ付き、多額の特別損失を計上することになっていた。少しでも在庫を減らすことで、在庫評価損の発生を回避したいという動機はあった。

上記のことを元広報マンに指摘すると、苦笑いしながら返ってきたのが、先述の“押し込む”という言葉だった。要は、決算期末に在庫を減らすため、E社向けの売上を立てたということ。たくさん押し込むことができるのが優秀な営業マンといったところだろうか。

ただ、元広報マンは「やみくもに押し込んだら、ただの粉飾決算。押し込むにしても、ちゃんと(E社の先に)売り先がある分だけだ」と付け加えるのを忘れなかった。つまり、決算期をまたいでエンドユーザーに売れる見込みがあったと言いたかったのだろう。

S社は当時、監査法人から在庫評価の妥当性を問われていた。翌期に売上が立つ確度が高い売り先がなければ、在庫は評価損を迫られ、赤字がますます膨らむ。
しかし、当時のカリスマ社長は「売り先はある」と断言し、経理担当社員らを唖然とさせたそうだ。その後、S社の業績悪化はしばらく続いた。

最近の例でいうとジャパンディスプレイ(JDI)の不適切在庫問題がある。

第三者委員会の調査報告書によると、100億円規模の架空在庫の計上や滞留在庫、過剰在庫の評価減の不正な回避といった不適切な会計処理が見つかった。これを受け、JDIは2014年3月期から2020年3月期第2四半期までの6年半の決算訂正を余儀なくされた。

本件は、東洋経済オンラインの記事(2020/04/27公開)が厳しく批判している。

この不適切会計問題は、業務上横領の疑いでJDIを懲戒解雇された元経理・管理統括部長からの通知が発端だった。筆者は一連の行為にかかわった関係者を擁護するつもりはないが、在庫評価はその時々の判断で行うものであり、後々「あれは適切ではなかった」と判断されることはよくあることだと考えている。

我が国の企業会計原則は、財務諸表に真実の財政状態と経営成績を記載して報告するよう要求しているが、ここでいう真実とは絶対的な単一の値を求める「絶対的真実」ではなく、企業会計原則全般にわたる規定に準拠して作成された財務諸表を真実なものとみなす「相対的真実」を意味する。要するに、会計に絶対的な真実はないのだ。

一つ確かなことは、在庫はBS上は資産だが、実際はリスク以外の何物でもないということだ。

在庫をキャッシュに換える力こそ重要

コロナ危機で在庫ビジネスのプレーヤーたちは、需要が一瞬にして蒸発する恐怖を味わった。不確実性が増し、トレンドの変化が日に日に激しくなるこれからは、在庫をキャッシュに換える力が問われる。

国内市場をみれば、人口の3分の1が高齢者になり、実需を支える生産年齢人口が激減する2030年がわずか10年後に迫る。市場のパイ全体が縮小する中で大量消費を当てにした在庫過多が前提の従来のビジネスモデルは、在庫評価とキャッシュフローの面でリスクが大きすぎる。

そこでザイコロジー・ニュースは「今ある在庫」で売上を増やした結果、在庫が減っていく在庫実行管理(IEM = Inventory Execution Management)という新たな手法を提唱している。

IEMでは闇雲に在庫を増やさずに売上を増やすため、以下のように考え実行する。

・ 「今ある在庫」の中から、まだまだ売れる商品を見つける
・ 「今ある在庫」を使い、単価を上げる
・ 「今ある在庫」のうち、どの商品を補充すべきか見極める

※詳細は下記資料を参照

最小限の在庫でいかに売上を最大化させるかを第一に考えるべきときが来ている。