花屋の倅と寺息子「柄沢悟と自殺志願者」 作成話
あれは、高校の時の出来事だったと思う。
「K君のお兄さん、見つかったって」
ある春の日のこと、なんの突拍子もなく父が私に告げた。
「見つかった」
この一言にどれくらいの重みがあったか、若輩者ながらにもわかっていた。
「見つかったって、どこで?」
「山の中。雪が溶けたから探索できたんだろうね」
「葬式はどうしたの?」
「家族だけでやるってさ」
「……そっか」
これ以上のことを聞かないためにも、言葉を飲み込んだ。
聞いたとしても、誰も答えられなかった。
父も、姉も、そして家族であるK君も。
他人の選択肢の理由なんて、誰にもわからない。
――K君というのは、当時の姉の恋人だ。
私のことをとても可愛がってくれており、何度か自宅までお邪魔させてもらった。
彼の兄と出会ったのも、ちょうどK君の家に招かれた時だった。
「妹のナツです」
姉に紹介されて挨拶した時、彼は照れ臭そうに笑って会釈した。
それが、最初で最後で、私の中の彼の全てだった。
それからどうやって探索できたのか、どこにいたのか、大人の事情で私まで伝わってこなかった。
ただ、ひとりの青年が寒い冬の夜に消えたという事実だけが残された。
――正直なところ、知っている人が自殺して亡くなることはこれが初めてではなかった。
ただ、直接的な関わりがないからひたすら行く末を見守っていた。
「……なんでかなあ」
自分の幼馴染みの訃報を聞いた時の茫然とした父の表情が忘れられない。
「……○○君、飛び降りて亡くなったって」
姉の幼馴染みの訃報を伝えた時の電話越しの彼女の泣き声が忘れられない。
「――お母さんがいなくても頑張るんだよ」
私の顔を見た途端、泣きながら私の手を取った――息子が自殺したお母さんの涙が忘れられない。
私が見てきたのは、遺された人の虚無と涙だ。
自死を選んだ理由は本人にしかわからない。
知れば知るほど、悲しくなるだけ。
どう足掻いたって、亡くなった事実は消えない。
それでも当時まだ若かった私は「どうしてだろう」とずっと考えていた。
そうしているうちに、あることを思い出した。
――K君の兄には恋人がいたはずだ、と。
彼の恋人はどうなったのだろう。
彼の死を悲しんでいるのだろうか。
そもそも彼の訃報を知っているのだろうか。
顔も知らないような空想の存在が私の中でどんどん大きくなっていった。
――漠然と浮かんだのはビルの上と風になびく長い髪。
自殺した恋人と、その後を追おうとする女性。
そんな彼女をどう救うか。
最初は当時書いていた話(今の絹子川奇譚)で書こうと思ったが、流石に高校生の主人公には荷が重いので主人公の兄たちに託そうとした。
ずっとスピンオフとして温めていた話。
それを書くまで3年くらい月日が流れてしまったが、気持ちはあの時と変わりない。
たとえそれが、顔も存在も知らない人であっても――どこかの誰かが救われることを願っている。
どうか遺されたあの人が立ち直れますように。
これは、そんな細やかな祈りから始まった物語。
――花屋の倅と寺息子
「柄沢悟と自殺志願者」より
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